§ asagi box §

仕事中はよくコーヒーを飲む。もちろんインスタント。自前である。いま目の前にあるのはダイエーの独自ブランド、セービングのスペシャルブレンドコーヒーというやつだ。

「ん〜、スペーシォ、ブェンデ、カッフェ」

ラベルを見ながらうっかりつぶやいてしまった。向かいの席の後輩オバラくんがぎょっとした顔を上げてこっちを見る。なんだよなんでもねえよ気にするなよオレは正気だよコンチキショウいいから仕事に戻れってばもう。

いくらめずらしく自分が知っている簡単な英単語だからといって、ウカツに「それっぽい」発音を試みるものではないなとこっそり反省する。ひんまげたクチビルがどこか物悲しいではないか。ああ。

しかしながらスペシャルブレンドコーヒー(略してスブコ)とはまたなんだかナゲヤリなネーミングだと思ったのだが、それをいったらネスカフェのゴールドブレンド(略してゴブ)だって似たようなものであることに気づいた。どっかの三流品にスーパーブレンド(略してスブ、ではスブコとかぶるのでスパブ)というものがあっても不思議はないな。しかもラベルがゴブ(註:ネスカフェのゴールドブレンド←略した意味がない)にそっくりだったりするのだ。なんかありがち。

インスタントコーヒーを飲むためにはとうぜんお湯が必要である。適量の粉末を投入したカップに給湯機からこれまた適量のお湯を供給することによってインスタントコーヒーは完成するのである。粉末だけではだめだ。お湯だけではだめだ。両者が手を取り合ってこそのインスタントコーヒーなのである。

そんなわけでカップにコーヒー粉末を投入し、給湯室へ向かう。そこにはホソザキというメーカーのちょっとイカした給湯機がある。これがなかなかどうしてスグレモノで、押すボタンによって緑茶かお湯のいずれかを選択できるのだ。たとえインスタントコーヒーの粉末が切れてしまったときなどでもお茶を飲めばよいのだ。しかも無料である。すばらしい。コーヒーがないならお茶を飲めばいいのに。ごもっとも。お茶バンザイ。それはともかくコーヒーだ。カップをセットしてボタンを押す。ぽちっとな。

結論からいえば私が押したの「お茶」のボタンだった。

さてどうしたものか。

ひとまず目の前にある液体を「コーヒー茶」などと命名してみたもののらちがあかない。おまけにこの奇妙なブレンドを生成したホソザキのイカした給湯機には実はちょっとした問題があって、お茶を選択した場合、あまり小さいとはいえない茶葉片がカップにほどよく混入するのである。ついでながら私はインスタントコーヒーをいれるときは粉末をけちるのでむやみに透明度の高いものになる。そう、目の前のコーヒー茶をのぞき込むと、琥珀色の液体の中を茶葉片のシルエットが乱舞しているのだ。おお、神よ。

「いかなる様相を呈していようとも、もともと可食物を合成したものである以上はそれは可食物にほかならない」という法則は私の信念でもありまた夫婦生活を円滑に営むための秘訣にして大原則でもある。

しかし、だ。

私はこの法則をかつて飲み物に適用したことはなかった。さらには世の中には合体事故という言葉があるし、もとをただせば今回のケースは単に私のまぬけなミスの産物であるから、いつもとちがって、仮にこれを廃棄したところで配偶者の人に咎められ命を落とす危険性はみじんもないのである。

いっそ思いきって捨ててしまおうか。

いったんは真剣に検討したその選択肢を、しかし私は放棄した。事態の責任は私にあるのであってコーヒー茶にはない。これを廃棄するということはすなわち親が意にそぐわないわが子を虐待するようなものではないか(やや時事ネタ)。だいいち少量とはいえ粉末がもったいない。

悩みに悩んだすえに私がとった作戦は、「じゅうぶんに冷めたところでカップの中身を見ずに一息に飲み干す」であった。そして実行。その味はおそれていたほどの破壊力はなかった。「可食物+可食物=可食物」の法則が飲み物にも適用できるのだ。しかしながら一息にカップ一杯分のコーヒー茶を飲み干した私は気分がわるくなってしまった。目に涙をにじませて机に突っ伏す。おえ。

ようやく落ち着いたところで顔を上げると、ふたたびスブコ(註:スペシャルブレンドコーヒー←だから略した意味がないってばよ)のラベルが目に入った。ちらりと向かいの席に目をやれば、オバラくんはアタマをかかえながらなにかの資料に見入っている。

こりない私は、ついこらえきれずにまたも「それっぽい」発音を試みた。今度は聞かれないようにこっそりと。

「ん〜、スペッショ、ブェンドゥ、カフィ」

さっきよりはうまくいえたような気がした。少しだけ、こころが安らいだ。

[1999.11.18]
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