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SF小説「あなたの魂に安らぎあれ」を読み終えて煙草に火をつけながら、作者神林長平は略すとカンチョーだなあ、などと誰でも一度は思いつくであろう安い冗談をいまさらのように懲りずに思い浮かべてしまう私であった。

梶尾真治あたりの本だったか、巻末の解説で誰かがSF作家の略称について述べていたのを思い出す。そう、堀晃は略さずホリアキラなのだ。この人の読んだことないけど。あ、いや、でもハヤカワJAって近くの本屋にないんだもの。それに大きいところだって最近はグインしか置いてなかったりするしそもそもお金ないしって誰に言い訳しているのだ私は。

ライトノベルというものがある。この十年かそこらで確立された小説の一ジャンルというかカテゴリで、主に中高生を対象として書かれた空想冒険小説である(かなり無茶な要約)。たぶん角川スニーカー文庫あたりがそのハシリではなかろうかと思われるが、その特徴はただ一つ、ファンタジーである。世界設定が現代だろうと近未来だろうと中世風の異世界であろうと宇宙空間であろうと歴史ものであろうとなかろうとこれらすべからくファンタジーなのである。ハードボイルドやミステリの雑種もあるにはあるが、ファンタジーのかけらもない純血種は存在しない。そんなものがあったら読者はきっと混乱するであろう。

「はて、魔法は出てこないのか。超古代文明のテクノロジは。異世界に行くとか魔物を退治するとかそういう話ではないのか。あああ、なんだどうしたこれは普通のお話ではないか。まったくもってどうなっているのだっ」

まさに週間少年ジャンプで桂正和の「Is(アイズ)」の連載が始まった時の私のようである。まさかただのラブコメなどとは思いもよらず「はて、いつになったら変身するのだ」などと半年くらいずっといぶかしく思っていたのである。

ライトノベルはその読みやすさゆえにライトと呼ばれているのであろう。ぶっちゃけた話内容が薄いのである。その多くはどれもこれも赤川次郎並みに軽く似たような話ばっかりで、安いストーリーに安いキャラクター、安いエピソードがてんこ盛りである。中にはそもそも日本語がちゃんと書けておらず小説の体をなしていないものも少なくない。まるきりかつてのSFと同じ道を歩んでいるようだ。この道はいつか来た道。

とはいえ、なにしろ数が多いからまれに「ホンモノのSF」とか「ホンモノの伝奇小説」とか「ホンモノの冒険小説」とか場合によっては「ホンモノのファンタジー」なんかがまぎれこんでいるので油断ならない。

近年のハヤカワJAの衰退ぶりと比較するになんとなくだが国産SF作家はこのジャンルにすっかり取り込まれてしまったのではないかとも思う。原因は明らかに新人作家育成を怠った日本SF界のミスだ。と、SFマガジンの初代編集長がどこかでいっていた。ような気がする。すまん、よく覚えていないがそんな気がするのだ。気のせいなのか。

一方ライトノベル側では年に三つ四つはナントカ大賞というものをばらまいている。おまけにうまいこといけば入賞作一本がアニメ化、ゲーム化で印税がっぽりの一攫千金であるから、有望なSF作家がこちらに流れてしまうのも仕方がないのかもしれない。

SFマガジンの賞金っていくらだっけ。おまけの特典はあったかな。少なくともメディアミックスとやらとは一線を画した硬派な雰囲気があるからあんまり儲からなさそうだな。なにSFマガジンを知らないだとええいそんなやつは死んでしまえ。私も買ってないんだけどさ。あ、いや、でもSFマガジンって近くの本屋にないんだもの。それに大きいところだって最近はSFアドベンチャーしか置いてなかったりするしそもそもお金ないしってまた言い訳か私よ。死んじゃえ。えい。だいたいSFアドベンチャーはもうないぞ。ついに嘘までつくか私というやつは。

実際、私としては中身さえそこそこにちゃんとしたSFなり伝奇小説なり冒険小説なりファンタジーならば表面上ライトノベルに分類されていてもホンモノでなくても一向に構わないのであった。最近は読んでないけど赤川次郎もべつに嫌いじゃない。ああ、すべてを無に帰すなんちゅうまとめ。すみません無節操で。

ところで「あなたの魂に安らぎあれ」を略したら「あな魂(あなたま)」である。日渡早紀の漫画「ぼくの地球を守って」は「ぼく地球(ぼくたま)」である。そういうわけで懲りない私は「あなたの地球を守って」とか「ぼくの魂に安らぎあれ」などとくだらないことをやっぱり考えてしまうのでありましたとさ。どうにかならんかこの安さ。おまけにこんなものでオチると思っているのか。えい。

[1999.11.12]
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