仕事中にいきなりPHSが一回だけぴろろっと鳴った。私のPHSはどこにいようと常に留守になっているのだが、Pメールと呼ばれる最大二十文字の電子短文が届いたときのみ一回に限って呼出し音を鳴らす設定になっている。
初めは当然のように配偶者の人からだと思った。帰りは何時ごろになるのだ、とか、帰りにお菓子を買ってこいとか。なにしろ私のPHSは配偶者の人との電子短文交換以外の用途に使われたことがない。そもそも配偶者の人の他に私のPHSの番号を知っている人間はいないのだ。もちろん私も知らない。自分の番号を表示させる機能はあるらしいのだが、いまさら十桁の番号が表示されたって仕方がないので調べる気にもならぬ。
しかし、果たしてPメールの送り主は配偶者の人ではなかった。
「ミカ22サイオンナ メルトモニナッテ」
はて。これはいったい何事であろうか。
てっきり配偶者の人からだと思い込んでしまった私は事態を把握するのに思いのほか時間を要してしまった。しばらく考えてから、この短文の意味するところが「私はミカという名前で二十二歳の女である。貴殿にメルトモになって頂けることを希望する」であることを解明し、改めて吃驚した次第である。
メルトモが「メール友達」の略語であろうことは疑いなく、まさかすでに友達である人間に対して「友達になってくれ」とは言わないだろうから、つまるところこのミカという二十二歳にもなる女性は、電話の掛け間違いなどではなく、ランダムに入力した番号の先にたまたま存在した、見たことも会ったこともない、名前どころか年齢、性別すら不明の相手であるところのこの私に、電子短文交換友達になるよう突如要求してきたのである。さすがに当方を「ミカ22サイオンナ」であると一方的に断定しておいてその上でメール友達になれ、という意味ではあるまい。
いやはや、なんということだ。これは高校生がやるような遊びではないのか。卑しくもハタチを過ぎた大の大人がやることではなかろう。なにが悲しくて用もないのに見ず知らずの相手と電子短文を交換せねばならんのだ。それほどまでに友達が少ないのか。まったくもって呆れるばかりである。
しかもこの電子短文には大きな落とし穴があり、それに気づかぬ私ではないのだ。
一見すると二十二歳のうら若き女性とオトモダチになれるチャンスであるからうっかり喜びそうになったりもするのだが、なにしろこの電子短文の発信者が本当に「ミカ22サイオンナ」である保証がないのである。もしかしたらその正体は「ゴンゾウ46サイオヤジ」かも知れないし、「ウメ72サイババア」であるやも知れぬ。それどころか「ポチ6サイオス」だったりしたらどうするのだ。こんな薄気味の悪い話があったものか。
仮に「ミカ22サイオンナ」が事実であったとしよう。
ところで電子短文送信には一回につき十円の通話料がかかるのだが、そこのところ本当に理解しているのかミカとやら。少なくとも通信費を自己負担している、月の小遣いが諸経費込みで二万円のこの私がこんなキチガイ沙汰に付き合うとでも思っているのか。なによりそちらと同様、こちらがまともな人間である保証すらないのだぞ。少なくともばかではあるのだぞ。そのへんを疑問に思ったことはないのか。いったいどういう教育を受けてきたのだ。そんなことで嫁のもらい手はあるのか。ああもう勝手にしやがれ。オレは知らん。出て行け。短い付き合いだったがおまえとの関係もこれまでだ。
たかだか一通のPメールに悩んだり、吃驚したり、呆れたり、怯えたり、苛立ったり、心配したり、怒ったりとサンザン振り回されてしまったものである。結局、わざわざ十円を負担してまで「イイトシコイテ ハジヲシレ タワケ」などと忠告してやる気にもなれず無視したのだが、つい考え込んでしまってボケ損ねたというあたりが真相かも知れぬ。見ず知らずの相手にボケようとするか私も。