§ asagi box §

それはいつもいきなりやってくる。発作のようなものだ。

私はこのところMicrosoft Visual C++ 6.0と格闘する日々を過ごしている。仕事ではない。全くのプライベートである。先頃デスクトップの隅に物静かに鎮座ましましていたそのアイコンの存在に気付いた途端、急に得体の知れぬ創作意欲が沸き上がったのである。前にこの奇怪な開発環境を起動したのは半年以上も前の事になる。その時も事の発端は「何かを作りたい」という無思慮な思い付きであった。

当時はまだVC++のバージョンは5.0で、何か下らないツールを作っていたように記憶している。明確な目標がなかったために行き当たりばったりの仕様変更でしっちゃかめっちゃかになってしまったそのツールは、開発途上で発売を知ったVC++6.0の導入後に仕様のクリンナップを含めて一から作り直す事にして、プロトタイプの完成を期に作業が凍結された。結局6.0が導入された後、現在に至るも再開の見通しは立っていない。創作意欲はおろかソースコードまでどこかへ失せてしまい、そもそも何を作っていたのか覚えていないのだから仕方がない。突然盛り上がったかと思うとあっさり収束するあたりはまさに夕立の如しである。要するに飽きっぽいのだ。威張って言う事か。

しかし再びそれは来た。押さえ切れぬ創作への衝動である。またしても唐突に何かを作りたくなったのである。いきなりな話である。前回同様、問題はこの時点で作りたいものが「何か」であることだ。私が趣味でプログラムを組む場合、大抵は動機が曖昧な為、作り始めたはいいものの、大きな壁にぶつかった時にそれを乗り越えるだけの気力がない。手段のために目的を選ばないものだから、目的が達成される事は希である。何しろ完成物自体には大して興味がないのであっさり放棄して惜しまないのだ。自分で書いていてすごく駄目な気がしてきたので、そのうち反省しよう。

既に駄目である。

このように私は過去を省みない人間なので、常態は極めて前向きである。従って今回も衝動の赴くままに「何か」の制作に着手した。最終的に完成しない可能性が高いのは確かだが、始めなければ絶対に完成しないのである。珍しく正しい事を言っているな、私よ。何が完成するのかは分からないが。

随分久しぶりのVC++という事もあり最初から壁だらけであったのだが、ここ一週間ほどはなんとか創作意欲は持続している。元々使い易いとは言い難いVC++だが、以前は簡単に出来た事が思い出せないのは辛い。MFCもAPIもすっかり忘却の彼方である。結局、これは6.0のオンラインヘルプが使い難いためだ、と決めつける事で精神のバランスを取る事にした。情報量は確かに多くなって一見便利なのだが、実際は情報が多すぎて訳が分からなくなっている。VC++についてのヘルプが読みたいのにVBやJAVAに関する項目に出てこられても迷惑なのだぞ。どういうつもりだ貴様。

創作意欲は辛うじて持続しているとは言っても、そんなこんなで作業は遅々として進まない。ただでさえ睡眠時間が削られているのに、夢でまでデバッグしたりするものだから、眠っても、眠っても、まだ眠い。夢の中でのデバッグというのは中学生の時分にMSX2を手に入れてBASICと機械語で例によって「何か」を作っていた頃からの癖になっている。別に好きでやっているわけじゃないのだが。

夢デバッグと言えば、入社一年目の社員旅行が思い出深い。一泊二日のスケジュールだったのだが、二日目の明け方にふと目を覚ましたところ、薄暗い部屋の中、当時同じチームだった二人の先輩が、私の枕元に座ってこちらを覗き込んでいたのでぎょっとした。一人は手にメモを持っている。聞けば、私が寝言で旅行の直前に問題の発覚した箇所の解決法をあれこれ叫んでいたと言うのである。更には先輩の質問にまで答えていたらしい。

「お前ね、旅行に来てまで、おまけに夢でまで仕事するなよ」

呆れられて当然である。しかしこの寝言メモはそれなりに役に立ったのだから捨てたものでもない。

今回作成中の「何か」は、このまま順調に行けばモンスターコレクションというカードゲームのデック構築支援ツールになる気配である。完成までにモンコレの旬が過ぎていない事を願う。完成目標は9月いっぱい、とでもここに書いておけばプレッシャーになるだろうか。

子供の頃、休日のプログラマは生活感をカットオフした無機質かつ効率的な空間、例えば高級マンションの一室で、窓の外に雨で鉛色に霞む街を見下ろしながら、一人コーヒーを傍らにキーボードを叩く、そんなエレガントな(今一つ貧困だが)イメージを私は抱いていた。夢多き頃である。漫画か何かの影響であろう。

現実はと言えば、生活感丸出しの生々しく非効率的な空間、即ち洗濯物などが干され掃除機やアイロンが出しっぱなしのとっ散らかった借家の和室で、じんべえを着て座布団に座り、窓の外に雨に濡れる庭の紫陽花を眺めながら、配偶者の人の入れてくれた緑茶を傍らにぽてぽてとキーボードを叩く私がいる。どこでどう間違ったのか、エレガントには程遠い。でもまあ、そんなのも、ちょっとわるくない。

[1999.05.31]
§
Copyright © 1999-2005, Keiju Asagi all rights reserved.
Generated by persica 1.01b (for ruby 1.8.x)