ブラックライトというものを御存知だろうか。惜しい、ドラえもんの未来的道具ではない。カラオケや小洒落た西洋居酒屋や何をとち狂ったか和菓子屋などで希にお目にかかる奇妙な黒色蛍光燈である。別名近紫外線照射装置。別名も何も私が今名付けたのだが、機能を考えれば一般的にこう呼ばれていても不思議はない。つまり、この蛍光燈は近紫外線なるものを照射するのである。はい、そのまんま。
近紫外線というのは可視光線と紫外線の中間の域で、紫外線同様人間の視覚器官には感知出来ないが、紫外線のように有害ということはない。言わば毒にも薬にもならない半端者である。波長は300nm〜400nmで、エネルギーは3〜4eV程度。この近紫外線を蛍光物質に照射すると、蛍光物質自体が発光する手筈になっている。
※まあ待て、心配するな。私も分かって書いているわけじゃないから。
この発光現象は、物質内の原子が外部のエネルギーを吸収して励起され、この励起状態からもとの基底状態に戻るときに一定のエネルギーを外に放出する事によって起こる。放出されるエネルギーは一定なので、単色の光が放出されるのである。寝室の電気のひもの先っぽの物体が暗闇で光ったり、どこか観光地のお土産で買ってきた妙なお地蔵さんの置物が暗闇で光ったりするのも同様の理屈である。と思う。よく知らない。
※詳しい人教えて下さい。
外部から入射する光が蛍光物質の放出するエネルギーより大きければ原子は励起されるのだが、ブラックライトの発する近紫外線はエネルギーが大きく、ほとんどの蛍光物質が発光することができるのだ。半端者といって油断はできない。能ある鷹は爪を隠す、気は優しくて力持ち、羊の皮を被った狼。それが近紫外線である。
実際の現象として分かりやすいのは、ブラックライトの下で着衣の白色系統の色調を持つ箇所が発光するアレである。着衣どころか歯も光る。発光物質云々の理屈はどうあれ、白いものはことごとく光るのである。ただし、大福が光る状況はあまり一般的ではない。
さて、ある日の仕事帰り、私は会社の同僚と連れ立って夜の国分町(宮城県仙台市中心部の繁華街)へと出かけたのだが、その時入った店の入り口の通路に、このブラックライトが設置されていた。今やそれ程珍しいものでもないが、やはりこの不可思議な光学現象はそれなりに愉快で、既にいい気分であった我々を虜にした。
「おお、光る光る」
「これは意外。歯も光るのか」
「白ければ何でも光るのだな」
「大変愉快である」
この一時の平和のうちに、さっさと店内に入って席に着いてしまうべきだった。その時の忌々しい記憶を思い返し、片岡桂一郎氏(仮名)はそう呟いたという。
「おや? 諸君、何やら全身がキラキラしてるな」
「確かに。君もだ、特に肩の辺りとか」
「はて、最近の上着というのは隠し刺繍でも入れてあるのか」
「はたまた新手の黒色燈効果か」
「う〜ん」
全員が考え込む。が、いち早く真相に気付いた一人が思わず「あっ」と声を上げた。皆の視線が集中する。
「なんだ、どうした」
「この謎が解けたのか」
注目されてしまったその男はいかにも「しまった」という顔で口をつぐんだ。しかし遅い。全員が注目している。期待のこもった眼差しが男を責め立てる。彼は観念した。
「つまりだ。今日の我々の服装は主に黒を基調としている。良いな?」
「うむ」
「またこの状況下では白い物体はすべからく発光する。これも良いな?」
「うむうむ」
「この謎の全身キラキラ現象は全員例外なく双肩部において顕著である」
「うむうむうむ」
「しかるに双肩部……」
「あ〜っ」
「あっあっ」
話の途中ではあったが、全員が気付いた。キラキラ現象の正体に。ブラックライトの卑劣な攻撃に。何しろ困ったように頭を掻きながら説明する彼の肩には新たなるキラキラが続々と量産されていたのである。
ところでブラックライトを和菓子屋で見かける例は全国的にも非常に希ではなかろうかと思うのだが、いかがなものか、菓匠おぎしの店主よ。何故貴方は大福を光らせるのだ、菓匠おぎしの店主よ。それは販売戦略の一環として有効なのか。
ところで近紫外線下のみで浮き上がるド派手な刺繍入りの黒い上着というのは実際に売れるかも、などと思ってみたり。みたり、じゃねえよ。