§ asagi box §

セクハラ。すなわちセクシャル・ハラスメントである。性的嫌がらせである。今や世界的な社会問題である。極めて由々しき事態と考えねばならない。

それは先日の月例会議の場で明らかにされた。事は少々複雑なのだが、かいつまんで説明すると、私が寄生する会社は東京に本社を置き、その業務内容から所謂SI企業に分類されるのだが、その中で人材派遣に類する業務も通常行われている。自社の人間を出向させることはもとより、外部の技術者と契約し派遣する事も珍しくない。今回その外部の技術者が派遣先で問題を起こしたのである。

なにぶん仙台から遠く離れた東京本社での出来事であるため、今一つ緊張感が伝わらず、月例会議は非常に不謹慎な盛り上がりを見せた。

「S社のその女性社員は半袖であったそうだ」
「それで彼は『寒くないですか?』と聞いたのだな」
「なんと、最近ではそれでセクハラになってしまうのか」
「まあ、待て。それだけではないそうだ」
「なんだ、脅かすな」
「触ったのだそうだ」
「触ったと? それはセクハラではないか」
「うむ。だからそう言っている」
「聞くところによれば、己の左手を以って女性社員の上腕部に接触せしめたのだそうだ」
「ああ、それはいかん。セクハラだ」
「まさしくセクハラだ」
「ところが彼は韓国人らしい」
「なんと。それは難しい問題だな」
「文化的にセクハラという意識が浸透していないという事か」
「分からんが、悪気があったとは断定しかねるな」
「しかし日本人であったら今頃『セクハラ』なる渾名を付けられていたであろうな」
「流石に今韓国に対しての挑発行為は控えねばなるまい」
「その彼を『セクハラ』と呼ぶことを禁止する旨、即刻全社に通知する必要がある」
「異議無し」

異議がないのもどうかと思うが。

また余談であるが、この会議中にボスが何気なく「昔セクハラという言葉がなかった頃、これこれこのような行為をした事があるのだが、これは今ならセクハラになるのだろうな」とのたまった。その時は全社員が無言であったが、皆が皆「今も昔もそれは犯罪だ!」と心の中で叫んだ事は疑いない。彼が何をしでかしたのかは、彼はともかく我々の名誉に関わるのでここでは伏せておく。多分、まだ時効じゃない。勘弁してくれ。

会議後、場所を居酒屋に移して、本社での研修を終えて仙台に配属された新人達の歓迎会が開かれた。しかし、やはりそこでも話題はセクハラであった。

「先の韓国人だが。あれは気功使いのではないか」
「成る程、寒そうだから気功で暖めようとしたと」
「ならばセクハラにはなるまい。なにしろ気功使いだ」

韓国人技術者は気功使いにされてしまった。

「聞いた話ではちゃん付けで名前を呼ぶとセクハラになるらしい」
「それは本当かフクちゃん」
「あ、こら、言ってる側からセクハラだぞ」
「フクちゃんは男だろう。俺だってヨネちゃんと呼ばれている」

そうは言いながらも以後フクさん、ヨネさんと呼ばねばならなくなった。中堅男性社員がまるでお婆さんである。

「おい待て、その二人、距離が近い。セクハラだぞ」
「おお、いかん」

慌てて席替えが行われたりする。

「ちょっとそこの肉を取ってくれ。あ、いや、これはセクハラになるのか?」
「それは、なるな」
「なるに決まっておろう」

女性社員に接触しないよう注意しつつ、肉を求めて移動する。

「そう言えばお前は昨日誕生日だったと聞くが」
「うむ。ところで歳の話もセクハラになるのではなかったか?」
「む。確かに。全くもって油断ならん」

既に如何なる会話もセクハラに抵触する危険を孕んでいた。このままでは酒も飲めねば肉も食えない。あまつさえこの歓迎会自体が「女性を酒の席に誘うのもセクハラになるらしい」との発言を前に存続が危ぶまれる事態となった。

「このままではいかん。早急なガイドラインの策定が求まれる」
「異議無し」

結論だけは至極もっともである。

[1999.05.17]
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