会話で唐突にグレイという単語が出てきたら、あなたならどう解釈するだろうか。私の周辺では当然のように「リトル・グレイ」を意味する。世界的に有名な宇宙人である(宇宙人のロボットと言う説もある)。であるから、愛妻弁当を食しながら女性社員の談笑に中途半端に話に付き合っていた私は不意を突かれる事になった。
「ほへ?」
どうやら話を振られたらしいのだが、弁当に集中していたために聞き逃してしまった。私の間抜け面を見て事を察したらしく、その女性社員が繰り返す。
「グレイ。いいですよねー」
「はあ、グレイ」
前述の通り、私にとってグレイとはリトル・グレイである。何だろう。夕べのテレビ番組の話だろうか。残念ながら私はあまりテレビを見ない為、該当する番組があったかどうかすらも分からない。あるいは漫画の話だろうか。しかし最近のMMRでグレイに絡んだ話はなかったと記憶している。ならばやはり昨今の事情を鑑みるに、ノストラダムス関連か。違うか。全くどうした事だ。最近ではあんなのが女性にウケているのか。そもそも一体如何なる文脈で女性社員のお昼の会話にグレイが登場するのだ。そして私にグレイについて何を語れというのだ。
逡巡する私を見て、察しの良い先ほどの女性社員がツッコミを入れた。
「宇宙人じゃないですよ」
「えええっ!?」
しーん。
しまった、驚き過ぎた。いくら不意を突かれたって腰を浮かすほどの話じゃないだろう。ああ、見てる、見てるよぅ。何か変なものを見る目つきだ。いつもの事だが、いつもより若干露骨だ。どうしよう、取り返しのつかない事をしてしまったのだろうか。グレイという名前に対する彼女たちとの認識の違いは致命的なものだったのか。このまま呆れられ、あまつさえグレイという渾名を付けられてしまうのだろうか。小学生じゃあるまいし、それだけは勘弁願いたい。
そうだ、冗談にしてしまえ。「それは驚き過ぎ」みたいなツッコミがあれば冗談に出来る。今なら間の取り方は十分だ。さあ、先程のように突っ込んでくれ、君なら出来るはずだ、察しの良い女性社員よ。
ああ、見てる、見てるよぅ。何か変なものを見る目つきだ。私の過剰な驚きは彼女の思考を奪ってしまっていたのだ。駄目だ、これ以上は火が通り過ぎる。何の話だ士郎。そうじゃない、仕切り直しだ。やむを得ない。
私はあくまで冷静に、ゆっくりと腰を下ろした。
「んー、グレイねぇ」
何だ、冗談だったのか。そんな安堵感が広がる。女性社員にぎこちないながらも笑顔が戻った。しかし状況は好転していないのだ。グレイって何だ。色の話じゃないよなぁ。外人の名前っぽいな。しかし国産の芸人にすら疎いのに舶来ものは敷居が高すぎる。あ、ゲームか、もしかして。プレステの新作のパズルゲームかなんかかな。それともひょっとしてプリクラみたいなやつでゲーセンとかに置いてあるのかも。ああもう、一体どれなんだ。
「グレイねぇ」
仕方なく、私は言った。
「うん、いいよね」
意図した訳ではないとはいえ、引っ張った割には面白くも何ともない、当たり障りのない人畜無害な回答である。改めてボケる余裕は既になかった。敗北感だけが残った。この期に及んでグレイが「よくない」ものだったらどうする気だ。最早打つ手はないぞ。
「ですよねー」
察しの良い女性社員は微笑んだ。どうやらこちらの葛藤までは察することが出来なかったようだ。私は頷き、弁当の摂取を再開した。女性陣は談笑を再開する。良かった。元通りだ。変な渾名も付けられずに済んだ。危機は去ったのだ。今度から人の話はちゃんと聞こう。少し、反省した。
結局、グレイとは国産の芸人であった。頭髪がグレイの人がボーカルをしている、4人組のロックグループだ。いくらなんでも、そのグレイなら知っているのだ。不意を付かれなきゃ分かったんだ。
本当だってば。