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序章最終節

(そろそろ、駅に着いたかな)

時計を見て、友花里の気持ちが引き締まる。間もなく、滝沢が迎えに来る時間だった。

家のどこにいても落ち着かず、自室と居間をうろうろと往復した挙句、結局、玄関にある姿見の前で、前髪をいじりながら、滝沢を待つ。

服装、髪型、化粧、眉、爪、アクセサリ。友花里の準備は、万全である。昼前から、たっぷり三時間はかけて、入念に。すべてにおいて、抜かりはない。

直接会うのは、自宅に招いて以来だから、実に、三週間ぶりとなる。心地よい緊張。不安がまったくないわけではなかったけれど、それすらも、悪くないと思えた。

それから、待つこと二十分あまり。呼び鈴が、鳴った。

(来た)

心が、弾む。

最後に、もう一度、鏡を見て。

友花里の首もとには、エルメスのチョーカー。それは、友花里なりの、滝沢への意思表明であり、決意であり、覚悟であり、そして、お守りだった。手を添えて、深く、息を吸って。

迷いは、ない。

「じゃあ、行って来るね」

見送りに出てきたイブキに、声をかけ、車のキーを取ると、靴を履くのももどかしく。今日という日は、きっと、一生の記念になる。確信に近い、そんな予感を胸に、友花里は、ドアを開けた。

終劇

この日、滝沢昇と高村友花里の物語の、二ヶ月に渡るプロローグは幕を閉じる。

すべては始まったばかりで、その先に、約束されたハッピーエンドは存在しない。それは、ある日、唐突に、終わりを告げるかもしれず、あるいは、いずれ避け得ぬ、さまざまな障害を乗り越えて、永遠に続いてゆくのかもしれない。

いかなる結末が訪れるにせよ、それは、ふたりの選択と行動の結果であり、物語は、語り部の手を離れ、元あった場所、あるべき姿へと還る。今はただ、ふたりの未来が、希望と喜びに満ちたものであるよう、決して、過ちと後悔に傷つくことがないよう、切に願うばかりである。

電車男と呼ばれた青年がいた。エルメスと呼ばれた女性がいた。小さな事件がきっかけで、ふたりは知り合い、やがて、その関係を深めていった。そこに奇跡は存在しない。いくつかの偶然と、互いの意思と、努力と、行動のみがあった。

有史以前の大昔から、さまざまな形の出会いがある。しかし、ひと組の男女が出会い、惹かれあう時、いついかなる時代、国家、人種、風俗においても、その本質に大きな違いはない。

結局のところ、ありふれた出来事かもしれない。象徴的とも言える、電車男とエルメスの物語は、ささやかな具象のひとつに過ぎないのかもしれない。

けれど、それは、言い換えれば、人は誰もが、かつて、いつか、あるいは今まさに、電車男であり、エルメスなのだということ。相手を想い、想われて。ありふれていても、ささやかであっても、それぞれが、かけがえのない物語を綴って。

願わくは、商業と盗賊の神様の、気まぐれな加護が、いつまでも、ふたりの上にあらんことを。

そして、世界中の、電車男とエルメスたちに。




祝福を。

(了)
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