最終的には、当初の計画の1/10に近い、260キロトン級にまで縮小されたが、「核爆弾」を用いて港湾を造るという計画に変更はなかった。 この港は、内陸部に大量に埋蔵されている石炭の積出港として、また漁業者のための避難用の港、商業漁業のための基地としても考慮されていた。
この付近の海域から氷がなくなるのは夏の間の3カ月程度であり、港が機能するのは、夏のこの期間のみ。さらに商業漁業者たちは、この付近の水域には、まったく関心を持っていなかったため、商業漁業用の港としても有効かどうかも疑問である。
しかし計画を提案した、物理学者であり「水爆の父」と呼ばれる、エドワード・テラーにとっては、石炭の採算も、漁業者の利用も、何の関係もないことだった。
彼はただ、自分の創り出した子供、「水爆」を使いたいだけだった。
参考文献:The Firecracker Boys(Dan O'neill)」St. Martin's Griffin 1994
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