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 プロジェクト・チャリオット

ポイントホープの人々がカリブーを追い、魚を捕りにやって来る広大な「オゴトロック渓谷」
そこを流れるオゴトロック・クリーク河口部付近。
1958年、「核兵器の平和利用」という名目の下、この地に水爆を用いて港を作ろうという計画が持ち上がった。
「プロジェクト・チャリオット」である。

当初、2.4メガトン級の水爆(1メガトン級の水爆2発、100メガトン級の水爆4発)を用いて「本格的な港湾(Full scale harbor)」を建設する計画であった(左図、外側の破線の範囲)。

しかし、ネバダ核実験場での実験の結果、2.4メガトンでは威力が大きすぎることがわかったため、460キロトン級(200キロトン級2発、20キロトン級3発)へと規模を縮小、水爆の必要さえもなく、普通の核分裂爆弾(いわゆる原爆)でも実施可能となった(右図、破線の範囲)。

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USGS地図、The Firecracker Boys図版より作成


最終的には、当初の計画の1/10に近い、260キロトン級にまで縮小されたが、「核爆弾」を用いて港湾を造るという計画に変更はなかった。
この港は、内陸部に大量に埋蔵されている石炭の積出港として、また漁業者のための避難用の港、商業漁業のための基地としても考慮されていた。

この付近の海域から氷がなくなるのは夏の間の3カ月程度であり、港が機能するのは、夏のこの期間のみ。さらに商業漁業者たちは、この付近の水域には、まったく関心を持っていなかったため、商業漁業用の港としても有効かどうかも疑問である。

しかし計画を提案した、物理学者であり「水爆の父」と呼ばれる、エドワード・テラーにとっては、石炭の採算も、漁業者の利用も、何の関係もないことだった。

彼はただ、自分の創り出した子供、「水爆」を使いたいだけだった。

参考文献:The Firecracker Boys(Dan O'neill)」St. Martin's Griffin 1994

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空から見たオゴトロッククリーク付近。画面中央左付近に軍事施設の残骸が見える。

この付近はコツビュー、ポイントホープ間の定期便の空路。普段は上空高いところを飛んでいるが、このときはたまたま低空を飛んでいた。


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ツンドラの中に突如現れる軍事施設の残骸。
ペンキがはがれかけた廃屋が数軒。朽ち果てた軍用車両が数台。

カリブーやジャコウウシが行き来する広い谷間。
6月下旬頃から、オゴトロッククリークにはホッキョクイワナが遡上を始める。その魚を狙って、人間やアザラシが集まってくる。

我々もそホッキョクイワナを求めて、ポイントホープの町からホンダで2時間ほどかけて、ここまでやってきた。
クリークには、海から遡上したばかりの魚が群れをなしている。ルアーを投げると、一投ごとに釣れる魚。時に50cmを越える大物も。


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海岸で流木を集め、朽ちかけた小屋の一つに入り、ストーブに流木をくべ、冷えきった身体を暖める。
窓のない小屋の中、ロウソクと焚き火の明かりに男たちの満足そうな顔が映し出される。

もし、計画通りに港が作られたなら、この笑顔も、ポイントホープの生活もなかったろう。


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ポイントホープの人たちの反対運動で「プロジェクト・チャリオット」は阻止された。この経緯に付いては、「the firecracker boys」に詳しい。

近年、この付近で放射性物質が発見されたとか、ポイントホープの発ガン率が高いとか、色々問題はあるようだが、プロジェクト・チャリオットとの関連は不明。


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