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 ポイントホープについて

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7月上旬のポイントホープ(北から町を見る)。
写真上部が北極海。下部はラグーン(潟湖)。
右上部が岬の先端。
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5月上旬のポイントホープ(南から町を見る)。
左側が岬の先端方向。彼方に見えているのはリズバーン岬に連なる山々。


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北極海の一部、チュクチ海に指のように突き出した岬の突端近く、湿地、ラグーンや数多くの川に隔てられ、アメリカ大陸とはかろうじてつながっている陸の孤島のような場所、それがポイントホープです。
人口は、668人(2,007年現在)、2000年に757人でしたので、1割以上人口は減っています。
もっとも寒い2月の平均気温はおよそ-25度。8月がもっとも暖かく、平均気温7〜8度。町の周辺には、さえぎるものは何もなく、北極海から吹きつける風は強く、体感気温はかなり低くなります。
ポイントホープは、かつては「Tikibaq(ティキガック)」と呼ばれていました。「ティキガック」とは、イヌピアックの言葉で「人差し指」という意味で、海に突き出したポイントホープ周辺の地形を表しています。
1,826年、ビーチェイ(F.W. Beechey)が、彼のパトロンであるイギリス人、「ウィリアム・ジョンストン・ホープ卿(Sir William Johonstone Hope)」の名前を取って「ホープ岬」と名づけられて、今に至っています(「希望岬」ではありません)。
ポイントホープ周辺は、北アメリカの中では、もっとも古くから人間が定住していた地域であり、2,000年を越える歴史があります。付近からは、数多くの石製のナイフ、矢尻、銛先やセイウチの牙製品が出土しています。
1,970年代までは、岬の先端近くに町がありましたが、高潮の危険に曝されたため、内陸側に新しい町を建設し移動しました。

数年前までは年中無休のホテル兼レストランもありましたが、現在はレストランはなくなり、ホテルも宿泊者があるとき飲み営業。1泊170ドル(食事なし)だそうです(2008年現在)。スーパーマーケットが1件あり、食べ物から材木まで一通りの物は売っていますが、物価は高く、天候が荒れて定期便が飛ばなくなると、あっという間に生鮮食品が棚から無くなります。


もうひとつ上空から。ポイントホープのほぼ全景を北から見たところ。

真ん中の大きな建物が学校。保育園から高校まで。体育館、プールもあります。
 


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2006年7月


町中の様子。

海岸の砂利の上に作られた町ですが、主な道路は舗装され、定期的に除雪もされています。
RV車、ピックアップトラック、ホンダが主な交通手段。

1辺1kmにも満たないような町なのに、スクールバスも、交通手段のないお年寄りのために「シニアバン」と呼ぶ小型のバスも走っています。


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2006年5月


町の東側、空港との間のツンドラにクジラの骨で囲まれた墓地があります。ポイントホープを紹介している書籍にもこの場所の写真はよく登場しています。

5月、十字架を作り、凍った地面を掘るのを手伝ったことがあります。粉雪の舞う寒い日のことでした。

気がつけば、多くの友人知人がここに眠っています。初めてポイントホープにやって来てから、長い時間が経ちました。


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2006年6月


町のすぐ隣、クジラ祭りを行う「Kalugi(カルギ)」と呼ばれる場所の脇に、クジラのあごの骨が何本も積み上げられています。
古いものは白骨化し、新しいものには肉が付いたまま。

クジラ猟のキャプテンの墓には、この巨大なあごの骨が墓標代わりに使われていることがあります。


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2007年6月


天気がよければ町の東に見えるトンプソン岬の絶壁。

海獣猟は主に町の周辺で行っていますが、カリブー猟はこの岬付近や、この付近から内陸に入っていって行っています。
そして6月下旬〜7月上旬のウミガラスの卵採りもこの岬。

ポイントホープの人たちにとって大切な場所です。


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2003年6月


トンプソン岬の上へ向かう途中の丘「スーサイドヒル」

「自殺が丘」などという物騒な名前が付いていますが、6月下旬になると、トレイルの両岸は花畑になる、とても気持ちのよい丘。

写真からでは分かりにくいですが、ものすごい急坂で、ホンダでさえ一度止まると再び昇り始めるのは大変なほど。下りは下りでエンジンブレーキをきちんと使わないと、ブレーキは確実に焼けます。

手前にちらっと写っているのは、ホンダの荷台に積んだ予備のガソリンタンク。


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2008年6月


 以下 工事中

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