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 コツビューについて

コツビューの人口は、3,152人(2,007年現在)。ボールドウィン(Baldwin)半島北部、コツビューサウンド(Kotzebue Sound,コツビュー湾)に面した、アラスカでもっとも大きなエスキモーの町。イヌピアック語で「Kikiktagruk(キキックタグラック)」と言う名前でしたが、ロシアの探険家「Otto von Kotzebue」の名前にちなんで、今の「コツビュー」という名前にされてしまいました(発音になるべく忠実に書くと「カッツビュー」になります)。

冬の平均気温は、-20度くらい。夏の平均気温は5〜10度、夏の間、36日間は日が沈まない白夜になります。夏の晴れた日は暑いくらいで、海で泳いでいる子供もいます。

コツビュー周辺の海岸では、夏になるとサケ漁が盛んで、最近はフィレに加工して出荷もするようになって来ています。コツビュー産のサケのフィレが、いずれ日本にもやってくるかもしれません。

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アンカレジから直行のジェット機で2時間ほど。
ホテル、レストランが数軒、中華料理も「巻き寿司」も食べられます。スーパーマーケット、グロサリーストア(コンビニエンスストアのような店)、ホームセンター、病院など生活に必要な店舗、施設は一通り揃っています。ポイントホープと比較すると「都会」の様な気がしてきます。
以前は「NANA博物館」があって、この付近のエスキモーのダンスや文化を見せてたのですが、数年前に閉鎖されてしまいました。いずれ復活するとのことですが。。。 町の南の海岸で、エスキモーの暮らしを体験するツアーというのも行われているようです。参加したことがないので、実情は不明です。

コツビューは、「北極の扉自然環境保護区」、ノアタック川、コバック川などへの向かう際の出発点になります。エアータクシーや定期便を運行している小さな航空会社が数軒あり、コツビューから色々な場所へ出かけるには、これらの航空会社を利用することになります。

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飛行機からから見たコツビューの町のほぼ全景。

写真下は町の南側にある飛行場。さらに南側は人家はほとんどなく、「テントタウン」として、海岸沿いにテントが立ち並んでいるだけ(下の方の写真参照)。

こんな狭い町で、さらに毎年町中をうろうろしているのに、未だに通ったことのない道が何本もあるのが不思議なところ。


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2009年7月


コツビューのメインストリートの海岸通り。

海岸沿いの未舗装の通り。浅い内湾で海が荒れてもそれほど大きな波が立たないので、堤防はなく、所々に申し訳程度の護岸があるだけ。

釣りをしている人や暑い日は泳いでいる子供も。冬場は全面結氷するので、滑走路が造られ、軽飛行機の臨時滑走路になっていたり。

水平線に対岸の山々に、特に春から秋にかけての夕暮れ時は、とても気持ちのよい通りです。


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2008年7月


北極圏とはいえ、夏場は気温、水温ともに結構上がります。
夜10時過ぎ、海岸通りを歩いていると、夕日の中で子供たちが泳いでいました。

「一緒に泳ごうよ」
「ごめんね、泳げないんだよ」
「じゃ、写真撮ってよ」

泳げないわけではなく、むしろ泳ぐのは好きだけれど、気温は10数度、水温も似たようなもの。泳ぐには寒すぎます。
子供はいつも元気で、雪が舞っていてる中、唇を真っ青にして泳いでいることも。


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2008年7月


空港の南の海岸沿いの通称「テントタウン」。サケ漁の季節には他の町からやって来た人たちが、キャンプをしながら、刺網でサケを捕っています。

初めてコツビューに来たとき、キャンプをしたのはこの付近。そのときはサケ漁の真っ最中。初めてエスキモーの人たちの生活に触れた場所です。

焚火をしながら、ゆっくりと沈んで行く夕日を眺めたり、釣りをしたり。

個人的に色々と思い出の多い場所です。


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2008年7月


コツビューは周辺に数多く点在する町へのハブ空港です。
コツビューに限らず、アラスカのハブ空港では、非常に古い飛行機が普通に飛んでいます。
離陸しているのは、4発レシプロ(ピストン)エンジン機「ダグラスDC-6」、日本では1960年代によく飛んでいた機体。

手前のベージュ色の飛行機はアラスカでよく見かけるセスナ社の「グランドキャラバン」。同じプロペラ機ながら、これはターボプロップエンジン。

大型機の燃料がガソリンで小型機の燃料はジェット機と同じケロシン。

マニアックすぎて、何だかよくわからないですね。ごめんなさい。


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2008年7月


コツビューの町の対岸にある「Shisalik(シソーリック)」。

シソック(シロイルカ)の集まる場所」という意味のこの場所は、春のシロイルカの猟、その後に続くサケ漁のため、かつては周辺の町や村から、多くの人が集まり、交易も行われたそうです。
現在もサケ漁のため、人々が暮らしています。

シソーリックはまた、植村直己さんが北極圏12,000kmを犬ぞりで走った際の最後のキャンプ地です。

シソーリックで多くの人が集まり交易が行われた名残として、現在はコツビューで7月に「トレードフェア」が開催され、アラスカやロシアから色々な部族が集まり、ゲームやダンス、各種ネイティブフードが供されるお祭りが開かれています(不定期のようですが)。


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2003年7月
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2008年7月


 以下 工事中

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