人生で一番大事なものは何でしょうか。人それぞれにそれは違うと思いますが、私の場合は人と人との出会いだと思っています。英語については学校で10年以上も学んでいるのに話すことはおろか、聞くことも読み書きもほとんどできない状態でした。初めてカナダを旅行したとき、そのことを思い知らされました。異文化に接した驚きもさることながら、自分はこんなにも何もできないのかと思ってショックを受けました。旅行自体は人間同士ですから、身振り手振りでも何とかなりましたが、ちょっとでも話せれば、もっと楽しいし、もっと得るところがあったと思います。友人たちからは「カナダで人が変わって帰ってきた男」といわれました。ともかく英語を勉強しなくてはという気持ちになったのです。
新しい学校では、英語の先生とALT(Asistant Language Teacher)の先生たちで英語セミナーを開いていましたが、何もできない私もおそるおそる出席させていただきました。私のようなものでも快く仲間に加えてくれたのです。とても感謝しています。そして、運命の出会いというか、あこがれのカナダから若い女のALTの先生がやってくるというではありませんか。
その先生は期待通りの素晴らしい先生で、また意欲的で、毎週のEnglish Seminar が楽しみでした。しかし実は、私はみんなが何を言っているかよく分からなかったので、自分の発言の番がくると当てずっぽうで単語を並べているだけでした。それでも単語が出てくるときはいいほうでした。それでも性懲りもなく出ていたのは雰囲気が良かったからでしょう。
そのうち先生が私の作文を見てくれるようになりました。English Journal (日記) を毎週先生に提出して、先生がその文章を直してくれて、それ以外にそのテーマについての先生の考えや文化や民族のことなどを書いてくれるのです。そこで私はいろいろなことを学びました。何しろ基礎的なことは何も知らないのですから。私が40代半ばを過ぎて、50に近い頃のことです。この Seminar と Journal の中からいろいろなエッセイが生まれてくるのです。そればかりか、ある年私は英語の授業に出ることも許されたのです。そして生徒と一緒に英会話を学び始めました。それは1年間の貴重な経験でした。
このJournal はその後のALTの先生にも引き継がれています。しかし、95年以降はほとんどはかどっていません。それは私がスペイン語を習い始めたのと、その後すっかり体調を崩してしまったためです。
英語のできる人はいっぱいいますから、今更こんなたどたどしい文を公開するのも恥ずかしいのですが、私にとってはゼロに近いところから始めた貴重な記録です。いつだったか、「少年老いやすく学成りがたし、というけれど、私は学び始めるのが遅すぎた。100の単語を覚えても99は忘れてしまう」というようなことを書いたところ、「何を言うんだ、学び始めるのに遅すぎると言うことはないんだ」ときつく言われました。それからはできなくても泣き言は言わないことにしました。生徒に教えるのと違って、若い人が大人に教えるのは大変難しいのです。どうしても「だめ!」とか言えないですから。それだけにきちんと注意してくれた先生の誠意を感じます。私はとてもいい先生に巡り会ったと思います。もし、高校時代に巡り会っていたら・・・、それは言わないことです。高校時代は数学や物理の勉強が、そして歴史などもわくわくするほど楽しかったのですから。
インターネットで公開できるのは私が書いた部分だけです。何かお気づきの点がありましたらメールでもいただきたいと思います。