(新大阪までは省略)
新大阪−小倉 ひかりレールスター443号
サイレンスカー初体験。
やっぱり2列−2列シートは快適。
小倉〜博多では新幹線(JR西日本)と在来線(JR九州)の熾烈な争いが繰り広げられていて、双方が改札付近で割引きっぷを発売していた。
小倉−企救丘(きくがおか) 北九州モノレール
北九州モノレールは小倉駅ビルの中に突っ込むような形になっていて、外から見るとちょっと異様な光景。
開業当時は小倉の1つ南にある「平和通」という駅が「小倉」を名乗っていてJRとは直結していなかった(地元商店街が直結に反対したらしい)が、さすがにそれでは不便ということで現在のような形になったらしい。
累積赤字を多く抱えているが、現在は単年度では黒字経営らしく、見た限りでは乗客数も大阪モノレールとほぼ同じぐらいという感じ。
小倉を出てしばらくはビルの間を縫って走るような感じ。
この日は小倉競馬の開催日だったようで、競馬場前で乗客の大半が降りてしまった。ということは普段はもっと乗客は少ないのか?(^^;)
終点の企救丘まで乗ったのは10人にも満たなかった。まあ駅周辺は住宅街なのでこの時間では下り線はこんなもんか?
写真−モノレール小倉駅の駅名標
写真−小倉駅に停車中のモノレールの車両
写真−企救丘駅の駅名標
企救丘−志井公園 徒歩
徒歩5分ぐらい。
写真−志井公園駅
志井公園−西小倉 日田彦山線
志井公園駅は北九州モノレールよりも後から開業した新しい駅で、片側ホーム1面のみ。
一応有人駅だが、改札業務はやってないも同然だった。(^^;)
小倉方面からの列車が到着するとかなりの人数が下車。(運賃は安いとはいえ)本数はモノレールの3割ぐらいしかないのにちょっと意外。
日田彦山線は2両編成ワンマンカー。とはいえ座席はほぼ埋まっていた。
写真−志井公園駅の駅名標
写真−志井公園駅に入線してきた日田彦山線の車両
写真−西小倉駅の駅名標
西小倉−黒崎 鹿児島線快速
写真−黒崎駅
黒崎を某4氏風に書くなら「くろうさき゛」となるのか?(謎)
黒崎駅前−筑豊直方 筑豊電鉄
筑豊電鉄のホームは黒崎駅前のバスターミナルの中にある。(^^;)
もともとここは西鉄の北九州市内線の駅で、筑豊電鉄は黒崎駅前から熊西までは乗り入れているという形だったのだが、西鉄の方が廃止になってしまって筑豊電鉄単独の駅となった(ただし現在もこの区間は西鉄が「第三種事業者」である)。運賃もこの経緯で黒崎駅前から熊西までは他の区間と計算方法が異なる。
車両は路面電車に毛が生えたような感じで、乗車券も存在せず、降車時に現金で支払う形。
しかも驚いた事に運賃箱には両替機がなく、車掌が車内を回って両替を行っている。ワンマン運転しなくて経費は大丈夫なのか?
黒崎駅前を出た段階ではかなり乗っていたが、徐々に車内の人数は少なくなり、直方の段階ではわずか3人。全線乗り通したのは私だけだった模様。まあJRの方が速いからなあ。
ただ「100円きっぷ」という隣駅まで1回当たり100円で乗れる(2駅以上乗車の場合も運賃の一部に充てることができる)回数券があり、実際にこれを利用した隣駅までの利用もかなり見られた。
写真−黒崎駅前電停に停車中の筑豊電鉄の車両
筑豊直方駅は高架駅。だが、周辺の状況を見る限り高架にする必要性があるとも思えない。
筑豊電鉄にはもともと現在の福北ゆたか線に近いルートで福岡市内まで延伸する計画があり、おそらくは延伸に備えた高架化だったと思われる。
写真−筑豊直方駅
写真−筑豊直方駅の駅名標
筑豊直方−直方 徒歩
徒歩10分ぐらい。
直方駅周辺は人通りが少なく、商店街もシャッターが閉まった店が多いように見える。やはり筑豊炭田の閉山後は人口の流出が進んでいるんだろうか。
直方駅構内には「かしわめし」で有名な東筑軒のそば屋があったので「かしわ入りそば」をいただく。
写真−JR直方駅
直方−金田(かなだ) 平成筑豊鉄道伊田線
直方駅の券売機で乗車券を買おうとすると、田川伊田と田川後藤寺は同じ運賃だがボタンが異なり、券面の表記も「直方→田川後藤寺」となっている。
1両編成レールバスだがほぼ30分間隔と意外に本数は多く、しかも車内には立つ人もいるぐらいである。
伊田線は旧国鉄時代は石炭輸送の路線としてフル活用されていたため金田までは複線。旅客輸送だけなら単線化しても問題なさそうだが、単線化による経費節減よりもスピードダウンによる乗客減を避けたいのだろう。
線内には第三セクター化してから新しくできた駅も多く、これが乗客増に確実に結びついているようである。
直方から2つ目に「あかぢ」という第三セクター鉄道としてはあまりにも縁起の悪い(爆)駅名がある。漢字で書くと「赤地」だが、すでに「赤池(あかいけ)」という駅があったので混同を避けるためにかな表記にしたらしい。
#ちなみに当初は「あかじ」だったが、縁起の悪さを軽減するために「あかぢ」に変えたとか。
金田では下車(乗り換え)の際に乗車券チェックがあった。券面の表記が「直方→田川後藤寺」なのはこのためだろう。
写真−平成筑豊鉄道直方駅
写真−金田駅の駅名標
写真−金田駅に停車中の平成筑豊鉄道伊田線の車両
金田−田川後藤寺 平成筑豊鉄道糸田線
糸田線は単線で行き違い可能な駅もなく、1本のレールバスが行き来するのみ。
写真−金田駅に停車中の平成筑豊鉄道糸田線の車両
田川後藤寺は日田彦山線では最大級の拠点駅のはずだが、駅前は非常に狭くバスが乗り入れられない。
#100mほどの所にバスターミナルがあるが。
この日は駅近くの神社でお祭りがあるらしく、出店がずいぶん出ていた。
#田川といえば「チロルチョコ」のふるさとだが、それらしきことは案内地図などには書かれてなかった。
写真−田川後藤寺駅
写真−田川後藤寺駅の駅名標(その1)
写真−田川後藤寺駅の駅名標(その2)
田川後藤寺−新飯塚 後藤寺線
後藤寺線がすぐ近くを走る伊田線や糸田線に比べて特に乗客が多いとも考えにくいのだが、こちらは第三セクター化の対象にはならず現在もJRの路線。
考えられるとすれば、かつては新飯塚から博多まで福北ゆたか線(当時はこの名称はなかった)に乗り入れる列車が多数あって、JRとしても日田彦山線と福北ゆたか線を結ぶ路線を1つぐらいは残しておきたかったのだろう。
しかし現在は福北ゆたか線が電化したため博多方面への直通列車はなく、1両編成のディーゼルカーが往復するのみ。前述のバスターミナルからは天神への高速バスが多数あるので、完全に客を奪われてしまっている。
写真−新飯塚駅
写真−新飯塚駅の駅名標
新飯塚は飯塚よりも後からできた駅なので「新」飯塚だが、市役所などの公共施設は新飯塚駅周辺に多い。
駅前は現在整備工事中。
飯塚市も筑豊炭田の閉山でやや衰退している様子もあるが、博多に比較的近いためかろうじてベッドタウンとして生き残っているような感じで、駅周辺にはマンションが多数見られる。
新飯塚−桂川(けいせん) 福北ゆたか線(筑豊線)
写真−桂川駅の駅名標
桂川−原田(はるだ) 原田線(筑豊線)
篠栗線(福北ゆたか線の一部)の開通によって桂川と博多が直結したため、現在はこの区間は2時間に1本程度の超ローカル線。
乗客はわずかに5人。
写真−原田駅
原田−博多 鹿児島線
博多−天神 地下鉄空港線
西鉄福岡(天神)−薬院 西鉄天神大牟田線
「西鉄福岡(天神)」は、カッコ内まで含めて正式な駅名。
ただし、乗車券では単に「福岡」と書かれている。
駅の発車案内を見ると「急行 花畑」の文字が。お花畑に向かう電車でゆかり王国に行くなんてメルヘンチック・・・とも思ったのだが(爆)発車は20分後だったのでやめる。
ここから会場のメルパルクFUKUOKAまでは徒歩15分程度。
【おまけ(翌28日の行動)】
8:00少し前にホテルをチェックアウトし、近くのバス停から博多・天神とは逆方向に向かう西鉄バスに乗車。
30分ほど乗って、下車したバス停は
「田村三丁目」(爆)。
写真−田村三丁目バス停
まずは近くにある「田村大橋」を訪問。(もちろんただの橋)
それから「田村小学校」に行ってみると・・・姫の凱旋記念(違)運動会らしきことが行われていて人が多かったので撮影とかはせずに撤収。(^^;)
写真−田村大橋という標示
その後は五郎丸次郎丸駅まで徒歩で。
次郎丸駅には「天神南まで22分」と大きく書かれていたが、天神南→天神の乗り換え時間を考えると、このへんから博多駅方面へはバスで藤崎詩織まで行って空港線利用の方が速いように思える。
「おとなりきっぷ」で終点の橋本まで行き、駅を撮影して天神南に戻る。
#あくまでもこれ(七隈線乗車)がメインの目的で、「田村」はついでです。(^^;)
渡辺通からピンクの袋を持った同業者が乗ってきた。(^^;)
次郎丸駅近くで見つけた小ネタ写真「ストレートすぎるネーミング」
次郎丸駅近くで見つけた小ネタ写真「実在したんだ・・・」
写真−次郎丸駅(その1)
写真−次郎丸駅(その2)
写真−次郎丸駅の縦型駅名標
写真−橋本駅(その1)
写真−橋本駅(その2)
写真−橋本駅の駅名標
写真−橋本駅に停車中の七隈線の車両
その後は博多駅に直行し、土産を買って10:59発の「ひかりレールスター458号」で帰宅。