卒団生198名の紹介 野球へ戻る


1期生(1987年)1人
宇佐見鉄平
小作駅の近くに住む、羽村タイガーのコーチだった伊達利臣さんを代表に招き、入部した子供の父親を監督・コーチにあて、小作台少年野球クラブが誕生しました。初年度は5年生以下を募集、宇佐見鉄平君は4年生の弟と一緒に入部、毎週5年生以下と練習の日々が続き、試合は少なかった。
2期生 (1988年) 11人
大谷俊介
桂 功一
高田剛久
一杉俊介
菊地伸治
都甲博之
小山直樹
雨宮隆史
村越道幸
西沢智明
木下 実
(高学年…高田・大谷・石倉,低学年…伊達・木下)

高田監督のもと2年目にしてチームらしいまとまりが出来てきた高学年と低学年に分けてチームも編成できた。素質の良い子もいたが、試合にはなかなか勝ち進めない。実質的にはこのメンバーが1期生としてのチーム編成で子供達も監督コーチも試合に慣れるのが精一杯であった。
3期生 (1989年) 7人
宮川 純
木下雄介
泉野隆昌
江藤洋一
佐久間義仁
宇佐見幸太
青木一郎
(高学年…高田・大谷・石倉、 低学年…伊達・木下)

5年生まで7人いた部員が、6年になると退部者が増え最後まで続けたのは3人だけ、同学年との試合にはなかなか勝てなかった
4期生 (1990年) 8人
浜野嘉弘
荒川祥一
山本晋輔
阿久津俊光
堀内康史
岡村洋一
河野祥治
山本 潤

監督・石倉

石倉監督のもとに全員で頑張ったが勝ち進めない日々が続いた。
浜野君をエースとしてチーム作りをし、羽村市春季大会で念願の強豪羽村タイガーを倒した
5期生 (1991年)5人
小山裕登
高橋直希
高山晋明
所 寛之
豊永幸二

監督・石倉

6年生3人、他は5年生で試合に臨んだ。
公式戦6勝9負(Bチームに5勝)、この年から東京サマーリーグに参加し試合数が増えた。
サマーリーグ代表で小山君が中国遠征に参加した。

6期生 (1992年)11人
公式戦 6勝10敗

佐々木一之助
高山正徳
下田悟志
関谷良平
丸山康一
松浦宏樹
松岡正浩
金子謙太郎
折原 稔
木下正登
竹村一人
監督・石倉

松浦・丸山のバッテリーを主に、キャプテンの佐々木君がチームを引っ張り、優勝を目標に全員で頑張ったが、羽村ではなかなか勝てなかった。
青梅五日市沿線大会で3連勝し、3位入賞したのが最高。
サマーリーグ代表で佐々木君と丸山君が中国遠征に参加した。

7期生 (1993年)9人
公式戦 19勝16敗

城戸広太
清水健太
尾藤秀司
岸 武親
山本敬文
石野雄一
山本 篤
近藤拓也
小山慎太郎
監督・清水 、コーチ木下・久保・山崎・鳥谷・島田

部員も増え羽村市大会では高学年で6年、5年の2チームで出場する。
11月の青梅五日市沿線大会では5連勝し、決勝戦で惜しくも日の出ジュニアに負けたが、準優勝に輝いた特に城戸君の俊足と尾藤君山本君のパワーが効果的だった。
低学年は羽村市大会で春季・秋季大会とも優勝。
5年生チームは、夏季西多摩大会2部で3位入賞。

8期生 (1994年)15人
公式戦 29勝9敗2分

鳥谷 敬
久保晋之介
木下達也
川島拓也
荒木良治
山崎亮平
馬場享太
下沢一樹
下田芳雄
畑 林太郎
師岡隆弘
師岡彰弘
島田 亮
長谷川 裕
中村健史
監督・木下 、コーチ…久保・山崎・鳥谷・島田

久保・木下のバッテリーを中心に内野の鳥谷・山崎・荒木、一発屋の川島・下沢と優秀な選手が揃っていた。だが毎月故障者が続き、選手起用に苦慮した。シーズン終わりの11月になり主力選手が全員揃い、強豪チームが多数参加した
学童送別大会の優勝が唯一の優勝であった。
羽村市秋季大会では、羽村西少年クラブとの決勝戦で、午前中サマーリーグの試合で選手が疲れて本来の実力が出せず逆転負け。 春季大会につづいて準優勝。サマーリーグの春・秋季大会と夏季西多摩大会は3位入賞。東京都大会では2回戦で負けた。 トーナメントに勝ち進むことで試合数も増え公式戦 29勝 9敗2分ですばらしい成績を残した。
また西東京オープン大会にオール羽村チームに5人が選ばれ、全員主力選手として活躍、4連勝して準優勝に輝いた。夏休みはサマーリーグの関係で中南米コスタリカの少年2名を4泊5日でホームステイに引き受け交流を深め、久保君、鳥谷君、荒木君が中国遠征に参加した
拡大 

9期生 (1995年)12人
公式戦 21勝9敗

穐山純平
城戸竜太
寺坂良裕
阿久津裕司
桜場慎一
田中秀昭
秋谷嘉幸
中島昌宏
横山大輔
豊見山貴史
た水尾 竜太
半田 隆
監督・木下 、コーチ…久保・豊見山・山崎・青山

穐山・寺坂のバッテリーを中心にチーム編成し、昨年に劣らぬ優秀な選手が揃い、選手と監督・コーチが一丸となって試合に臨んだが、あと一歩で”優勝”までいくが、達成できなかった。羽村市大会では春、秋ともに準優勝。サマ−リーグは春、秋ともに3位入賞した。西多摩大会は夏季、春季いずれも2回戦で敗れた。 公式戦 29勝9敗で昨年に続きすばらしい成績を残した。
また西東京オープン大会にオール羽村チームに5人が選ばれ、主力選手として活躍し、昨年に続き準優勝に輝き、羽村市の少年野球をアピールできた。
サマーリーグ代表で穐山君と田中君がアメリカ遠征に参加した。 この年低学年チームは佐々木監督の下、羽村市大会で春季、秋季とも優勝した。

10期生 (1996年)13人
公式戦 9勝8敗

山崎淳矢
石川直樹
島崎利英
堀口滋之
菊地太陽
青山裕司
近藤 桂
中村達也
宮本裕之
増田祐己
関塚由典
平松智実
高橋 修
監督・木下 、コーチ…久保・山崎・島崎・松本

5年生の春まで山崎、石川の2名だったが、羽村タイガーを辞めた5人が入部、一気に活気づき次々に入部が続き、6年生の4月にやっとチームとしてまとまった。 またかってない保護者の協力があり練習に熱が入った。 特に夏休みは、羽村市秋季大会優勝を目標に選手と指導者が一丸となって野球に熱中した。
羽村市秋季大会では、中盤逆転の連続で5連勝し、高学年としては小作台に
初優勝をもたらした。先輩たちがあと一歩で逃していた優勝を創部10年目にして達成し大変喜ばしい年であった。
1月には優勝のごほうびとして、保護者とスタッフの協力で清里へ2泊3日のスキー合宿をおこなった。 佐々木監督の運転さばき、久保コーチのガイドで八千穂高原スキー場に到着、子供達はコーチ陣の半日の特訓で滑れるようになり、楽しい合宿であった。
公式戦9勝8敗。西多摩大会は3回戦で敗退。この年東京サマーリーグを脱退し、試合数が減った

羽村市秋季大会初優勝! 8月 清里高原合宿

11期生 (1997年)11人
公式戦 11勝5敗

下田真吾
樋口明伸
鳥谷 司
下田敦郎
丸山直明
荒木将郎
朱通 雄
平野晃浩
丸山和紀
花園隼人
吉森 優
監督・佐々木 、コーチ…石倉・石川・鳥谷・中山

佐々木監督、石倉コーチのコンビで低学年から持ち上がり、子供と指導者が意思疎通のとれたチームだった。ピッチャーの下田真吾、樋口とキャッチャーで強肩の鳥谷を軸としたチームだったが良い時と悪い時がはっきりしており大きな試合では勝ち進めなかった。羽村市春季大会は準優勝し、秋季大会は優勝の金メダルを取るため選手監督コーチが一丸となって練習した。決勝戦では羽村タイガーを大差で破り、昨年に続き小作台に連続優勝をもたらした。この年低学年も優勝し、ダブル優勝を達成した
12月に創立10周年の記念式典を盛大におこなった。また昨年に続き楽しいスキー合宿もおこなった。



羽村市秋季大会優勝金メダル 10周年記念式典 監督・コーチの奥様へ感謝状

12期生 (1998年)10人
公式戦 10勝7敗2分

島谷俊史
石川祐介
小野寺那智
和田裕貴
堀口友梨
寺坂泰則
市川輝史
細井 瞬
中野泰久
竹下 葵
拡大
監督・木下 、コーチ…石倉・久保・鳥谷・青山・松本・中野


5年生から野球を始めた子供が多く、試合ではなかなか勝ち進めなかった。他チームとそんなに実力的に差はないんだが、低学年・高学年を通じて3位以内という入賞が一度も経験できなかった。
この年から、夏合宿のやり方を変更した。従来、山梨県清里高原で1泊2日のレクリェーションで楽しい合宿だったが、場所を群馬県松井田に変更し、強化練習と地元少年野球チームとの練習試合をおこなった。
野球では、入賞できなかったが、NHK杯争奪羽村市つなひき大会では3度目の出場でみごと優勝をはたした。また女性として初めて堀口友梨さんが卒団した。

島谷キャプテン 堀口友梨さん(女性卒団1号)

13期生 (1999年)11人
公式戦 21勝 8敗

豊見山達也
村山 航也
鳥谷 剣
中根 聡一
青山 祐子
原島 脩
下田 和之
松原 祐介
島田 純
横手 登
来田 隼人
監督・豊見山 、コーチ…木下・石倉・久保・鳥谷・青山・松本


4年生の時は羽村市秋季大会で、羽村タイガーを破って優勝
5年生の時の夏季西多摩大会2部でもピッチャー村山の速球を武器に他チームを寄せ付けず、全試合完勝しての優勝。 6年生になり、大いに期待されたが、あと一歩までいくが優勝ができなかった
羽村市大会では、春が準優勝、秋が3位。他の試合でも上位進出ができなかった。夏合宿は昨年に続き松井田町で強化合宿をおこなった。猛暑の中厳しい練習もやったが、全員頑張ったので、バーべキュー大会、花火大会、きもだめし大会等楽しいイベントで充実した合宿をおこなった。



14期生 (2000年) 8人
公式戦 28勝12敗4分

伊藤潤耶
橋本彰一
中根徹也
下田祥郎
伊藤 真
志田弘章
益田英幸
渡辺卓也
監督・久保 、コーチ…木下・石倉・青山・松本・横塚・菊井・野田・菊池

1年生で下田、2年生 中根、3年生 伊藤(潤)、橋本が入部、他の4人は5年生になってから野球を始めたので、チームとしての戦力がスタート時は不安だったが、長い間コーチとして指導してきた熱血の久保新監督が、初就任し、羽村市を代表するチームをつくりあげた。羽村市春季大会では2戦目で羽村タイガーに1対16で敗れる屈辱でスタート。この敗戦をバネにチームが引き締まりその後、5連勝、最終日に1敗同士でならんだ羽村タイガーとの優勝をかけたサドンデスの決戦。閉会式前で大観衆が見守る中、3対1で勝ち、優勝!!春の大会では創立14年目にして初優勝を飾った。夏合宿はこの年、母親の負担を減らすために群馬県の吉井町に場所を変更した。地元チームと5試合の親善試合と強化練習をおこない、秋季大会にむけて練習した。羽村市秋季大会では最終日負ければ、5位の時点から、まず松林を破り4位以内を確保し、サドンデス2試合を連勝し、準優勝に輝いた。春季西多摩大会は3回戦で瑞穂長岡に4回まで0対5で押されていたが、5回に大逆転。準決勝では大久野ジャガーズに負けたが小作台として春季大会で初の3位入賞し卒団のいい思い出をつくることができた。中学校では全員羽村一中野球部に入部しました。全員が野球を続けることは初めてのことです。頑張ってください。
15期生 (2001年) 12人
公式戦 勝 敗 分


横塚 正義
大川 結輝
武藤 辰也
菊井 輝明
木内 直也
楠森 誠
菊池 拓哉
西川 正男
野田浩平
山下和己
福島 典之
中田 貴啓
監督…久保 、
コーチ…木下・石倉・青山・松本・横塚・菊井・野田・菊池・大川・新井・土方・佐藤

4年生時は羽村市春季大会優勝、5年時は羽村市学童新人戦で優勝、最上級生の6年時は羽村市春季・秋季大会の連覇達成で輝かしい成績を納めた。
特に羽村市春・秋連覇は、14年間先輩たちが目標にしても達成できなかったことを創立15年目にして初めて成し遂げ新たな小作台の歴史をつくった。キャプテンで4番の横塚を中心に 6年春からエースとして菊池が急成長し、安定したピッチングで優勝に大きく貢献した。
夏合宿は、昨年に続き群馬県吉井町で行い、かってないほど保護者の参加で協力をいただき、厳しい練習に子ども達も耐えて、秋の優勝につながった
16期生 (2002年) 10人
町田 秀人
谷口  勲
新井 陽介
中村 裕太
川口 大貴
風張 賢翔
土方 翔平
鈴木 尚大
小山 健太
塚田 大介
監督・久保
コーチ…木下・佐藤・石倉・豊見山・松本・新井・土方・青山・下田・高山

5年生の羽村市春季大会で優勝候補の羽村タイガーA(6年生)を破る快挙で堂々の3位入賞を果たす。続く7月の西多摩2部大会は連日の猛暑、特に準々決勝で福生フェニックスとの試合は最終回に5点差を追いつかれ同点、サドンデスで2アウトランナー無し差は3点から粘って新井・中村出塁、そして川口の逆転サヨナラ3ランホームランで4対3の勝利。波に乗り、優勝
6年生羽村市春は準優勝、代表で出た市町村大会は1回戦で東萩山ライオンズに敗退。羽村市秋は小作台として4年ぶりに入賞できない屈辱。青梅五日市沿線大会はベスト8。6年生になって優勝したのは、2月の羽村市綱引き大会だけだった。
最後の西多摩大会、目指すは優勝のみ、1回戦、多西ヤング、2回戦、友田少年にキャプテン谷口は完封ピッチング、準々決勝・青梅フォルテ戦は2対2の同点、サドンデスで勝利、準決勝・決勝と谷口が完投し、最後の大会で小作台念願の初優勝を飾った

17期生 (2003年) 11人
中西 真悟
下田 真也
倉中 勇人
佐々木拓人
武内 淳貴
田村 将大
鈴木 宗太
高山 拓海
日高 晃
高野 大介
木部 有希
監督・佐藤
6年生時、羽村市大会では春・秋連覇達成。1月学童送別大会では9年ぶりの優勝、大きな大会での優勝3回は新記録
  ↓卒団アルバム贈る言葉のなかから久保ヘッドコーチの文章がすばらしいので勝手に使わせていただきました。久保さん すみません

 「夢…ing」久保與志夫
11名の6年生、卒団おめでとうございます。全員が大きな挨拶が出来るようになりました。少年野球を続けたことで大きな夢を見つける事が出来ました。辛いときの努力が君違を大きくしてくれました。夢に向かって1歩づつ進んでください。
【贈る言薫】
○下田真也君:辛い事、楽しいことを真也のバットは知っていました。チームとして振ったバットは悔いのないフルスィングだった。夢に向かって頑張れ!
○倉中勇人君:野球はゲームだヨ。楽しむために今苦しみましょう。勇人のホームランでゲームセットだ。いつまで夢を追ってくれ
!
○高山拓海君:辛かった左バッターボックス、諦めないで続けた努力で見えてきた背香号「51」「55」体は小さいけど夢は大きく持ってで走れ!
○武内淳貴君:辛い、苦しいでも大好きな野球。淳貴の投げ続けたボールで勝利した時素晴らしい顔に変わりました。大きく成長しようぜ夢の為に!
○佐々木拓人君:自分の弱い所を強くする。その気持ちを大切にしてください。砂まみれの勝利へのヘッドスライディングで夢をつかむのだ!
○田村将大君:たくさんの悔しさと喜びをサードベースで感じました。その分だけ将大の振ったバットでチームの勝利が生まれました。いつでも夢を!
○中西真悟:ヘルメットが飛ぶくらい思いきりバットを振って悔いはなし。チームのための声、思いやりはチームメイトは忘れません。真悟はいつもフルスウィングだ夢をつかめ!
○鈴木宗太君:一生懸命は自分のため。苦しいことを乗り越えたら夢に近づくぞ最後まで諦めるな。宗太の打ったボールは飛んだぞセンターオーバーのホームラン!
○日高晃君:努カは何よりも強い。君の毎日の努カでチーム全体が強くなった。ホームランも打てるようになった。夢に向かって努カだ!
○高野大介君:バスターからのヒッティング、バントと活躍できたのは素直な大介だからだ。チームと一緒に強くなったぞ。夢をもって進め!
○木部有希君:小さな体で大きな活躍を見せてくれた。チーム一番の泣き虫だけど有希の目はいつでも熟かった。いつでもその気持ちで夢に向かって行け!

18期生 (2004年) 12人
佐藤 周造
村山 拓也
志田 勝利
小林 秀之
山根 直也
備  拓郎
星野  航
黒田 美穂
野田 鮎美
川口 里奈
沢井 祥子
水村 淳紀
今年も勝手に久保さんの卒団文集を使わせていただきました。すみません

『夢の途中』         久保與志夫
12名の6年生、卒団おめでとうございます。全員が大きな挨拶が出来るようになりました。
少年野球を続けたことで大きな夢を見つける事が出来ました。
幸いときの努カが君達を大きくしてくれました。夢に向かって1歩づつ進んでください。
【贈る言葉】


○佐藤周造君;グランドの一番高い所でプレートを蹴り投げた1球に侮いはない。チームメイトと違成
(背番号10)した完全試合は立派!君の投打の活躍で小作台は輝いた。甲子園ヘの準備運動だ
○村山拓也君:皆より悔しく辛い事を沢山経験しましたネ。その分成長しました。拓也のこれからは
(背番号 1)力を蓄えたバネだよ。これからは思いきりその力を伸ばす時だ!早実を狙え。
○志田勝利君:君の声でゲーム開始だ!小作台の気持ちが君のミットに集まった。努カで作った信頼が
(背番号 2)ストライクにしたんだ。苦しい時の適時打で上げた拳は勇敢でした。甲子園の夢を持て
○小林秀之君:小さな巨人、下向きでチームで一番泣いた秀。チームメイトは一生懸命の秀に感謝している。
(背番号 3)諦めないで続けた努力が夢に繋がるヨ。泣いた粒は大きかった。大きい夢に向かえ!
○山根直也君:チーム一番の守備の職人。でもバッティングで遠くへ飛ばし塁を周りたかったね。君の頑張りが
(背番号 4)ヒットを打ちたい気持ちが左バッターボックスを呼んだよ。目指せ背番号「55」夢じゃないぞ!
○備 拓郎君:君の足の魅力は長嶋日本代表監督も認めるよ。バントヒットで1塁ベースで駆け抜ける姿は
(背番号 5)野球の基本です。走ってつかめ甲子園の「51」期待しています。いつも肩もみありがとう
○星野 航君:踊るような華麗なグラブさばき守るショートストッパー。君の守りで小作台を救ったね!君が守った
(背番号 6)リズムが小作台の攻撃ののろしになりました。小作台の守備の鏡です。次は甲子園で!
○黒田美穂さん:遺くへ飛ぱしたい気持ちで思いきり振ったバットに皆の気持ちを乗せた勝利を忘れない。
(背番号 7)大きくなった。美穂の努力で夢が大きくなった。オール羽村から次はオリンピック代表だ!
○野田鮎美さん:辛いことを乗り越えてここまで続けてきたこの努力はきっと鮎の心の支えになります。
(背番号 8)待っているぞ中学でのソフトボールでのセンタープレイヤーが!目指せオリンピック代表!
○川口里奈さん:皆で達成した完全試合。里奈の守備は小作台の誇りです。勝利を呼んだ力の結集です。
(背番号 9)里奈の根性は負けない強い心だ。中学でのソフトボールでの活躍でオリンピック代表だ!
○沢井祥子さん:6年生になった時に瑞穂石畑公園で悔しい思いをしました。祥子の1年の努力で同じチーム
(背番号11)同じ場所で勝ちました。セカンドでのファインプレーを胸に今度はオリンピック代表を目指せ!
○水村淳紀君:毎日素振りをして手の皮を破り辛い日が続きました。その努力がチームの勝利になりました。
(背番号12)ヘルメットが飛ぶくらい無心にふるスイングは甲子園に繋がるぞ!諦めるな甲子園!

←個人写真は卒団アルバムから使わせていただきました
今年も卒団アルバム久保総監督の章を勝手につかわせていただきました。
19期生 (2005年) 4人
野田 盛史
風張 遼士
日高 功一
藤原 光



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20期生 (2006年) 10人




「夢の途中

久保興志夫

6 年生、卒団おめでとうございます。
小作台少年野球クラブの創部20 周年の節目に大きな輝かしい勲章がたくさん増えました。
勲章のーつひとつに君達の汗と涙がしみ込んでいます。君達の努力と友情が大きなチームとなり,小学生での最高レべルの野球ができたと思います。日本一のチームに育ち小作台少年野球クラブの伝統を支えてくれたことに感謝します。君達のチームは東京都学童新人戦で貴重な経験から野球の楽しさまた悔しさを覚えました。6 年生の各大会では全て決勝戦まで残り戦えるチームとなりました。野球をするための体力、精神と技術を練習で自分の物にできました。君達の首に輝くメダルと一緒に中学生での野球で大きな夢に向かって走ってください。

贈る言葉】

白川雄貴君:(背番号10)いつもキャプテンの声で練習も試合も開始だ。強いチーム作りに涙をたくさん流しましたね。かすれた声がチームの結東力になりました。背中の「10」がとても大きく見えます。目指せ甲子園!期待しています。
鈴木泰斗君:(背番号1 )マウンドとベンチとで会話して次に投げる1 球に悔いはなかった。背番号の1 番だけの苦しさを受け止め楽しさをチームメイトと喜んでくれた本当のエースになりました。中学で甲子園への道に助走をつけろ。
田村晃大君:(背番号2 )高く遠くへと飛んだ打球は君の努力の結果だ。ボールを見つめる君の目はもっと先のホームランゾーン。打てなくて辛い時期もあったけど練習で克服したね。次は甲子園のフエンス超えに挑戦だぞ!
三井敬太君:(背番号3 )小さな身体を大きく使ったプレーは後輩達の模範です。先頭打者でチャンスをたくさん作りました。ホームベースに1 番多く生還してくれました。身体を大きくして素晴らしいプレーを期待しています。甲子園だ!
今村拓哉君:(背番号4 )よく努力を重ねたね。打てなくて悩んだ分強くなってきました。サードベースはいつも君の涙で濡れていたと思います。練習での努力は必ず君に備わるぞ。スイングスピード最高だ。甲子園で放物線を描け。
福田悠之介君:(背番号5 )バッターボックスでの気合の声はチームの活力です。失敗を乗り越えて素晴らしいプレーが出来るようになりました。小さくてもよく回るパワフルな足が魅力です。身体も大きくなってきた。甲子園目指して頑張れ。
竹下奏君:(背番号6 )外野の守備の要、センターでのたくさんのファインプレーでチームを救ってくれました。最後の大会では先頭打 者で期待に応えてくれました。華麗な守備と足を生かして中学で甲子園への夢をつないでください。
空林康太君:(背番号7 )身体全体でプレィする康太。失敗を恐れずにスイングしたヒットには悔いはない。最後の大会での決勝でチームの気持ちを康太がホームランにしてくれました。康太の俊足で甲子園へ突っ走れ。
大野健世君:(背番号8 )いつも大きな目から涙を流していました。皆に追いつけない悔しさが健世を大きくしてくれました。努力が実を結んでレギュラーで活躍した目には嬉しい涙が光っていました。目指せ「明星の星」甲子園!
藤盛翔君:(背番号9 )君の努力がチームの本当の強さにしてくれました。チームの成長に君の成長が重なります。最初のヒットをチーム全員で喜びました。まだ野球の入り口です。中学でさらに助走をつけて甲子園を目指せ。

21期生 (2007年) 6人



22期生 (2008年) 11人