あれから何年が経ったのだろうか。
あまりにも長い時間だった。一人の人間が生まれ育ち、老境を迎えるほどの時間が過ぎ去ったはずだ。
そう思いながら、私は今日もガラス越しに空を仰ぐ。あの透明な天窓の向こうにどこまでも広がる、青い空。かつて私はあの蒼空を自由に駆け巡った。何人もの相棒とともに、あの大空を。
どこまでも続くように思える、あの空を。
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かつての長い現役期間の間、私の帰属は何度か変わった。
最初は緑色のストライプを染め上げた部隊旗のもとで戦った。それまでの、訓練とは違う本物の戦争の日々。幾度となく私は信頼すべき相棒と、同じ緑色のストライプをまとう編隊僚機たちを伴い、獲物を求めて大空へと舞い上がった。我々にとってその緑色のストライプはそれなりに誇らしいものだったが、その頃の仲間たちすべてが夢見たように、私もあの黄色で翼端を染め上げることを夢見た。
だが、戦争という現実の中ではまず夢以外のなにものでもないことだった。
しかしそうは言っても、その頃の仕事は実に容易かった。
かつてこの大陸を守るために、あの蒼空のずっと彼方から迫る脅威を、宇宙との境界かその直下で打ち砕くために鎌首をもたげていたストーンヘンジ。それは状況の変化とともに、我らが駆け巡ることのできる対流圏から成層圏に存在する新たな脅威---いや、その頃の感覚では射的の台に居並ぶ七面鳥同然の敵---を、我らの剣に先んじて打ち砕く頼もしき長槍となっていた。私たちはストーンヘンジが放つ超高速終末誘導弾頭がもたらす絶対的な庇護のもと、破竹の進軍を続けていた。
そんな日々が一年も続いた頃だった。
海の向こうで我が軍の戦略爆撃飛行隊が殲滅されたというニュースに誰もが色めきたったことを憶えている。
何が起きたのだろうか。
事実はすぐに判明した。ごく近い将来、勝利によってもたらされるであろう戦争の終結を確信していた我が軍は予想外の反撃を受けていたのだ。もはや敗残の軍であったはずの ISAF は、あの小さな島、ノースポイントから決死の反攻作戦に打って出たのだ。思ってもみなかった事態に浮き足立つ我が軍を、彼らは戦術原則に従いまず空から排除しようとした。その先頭には、メビウス 1 のコールサインを持つ驚異的なエースパイロットがいる、誰もがそう噂していた。
一度空に上がれば、空中給油を受けながら何時間も続く戦闘空中哨戒のあいだにパイロット達が交わす不安めいた無駄話にも、その名前は幾度となく登場したものだ。
そしてある日、決定的な状況の変化が起きたことを誰もが知った。
ISAF の決死隊が、我らに大いなる庇護を与えていてくれたあのストーンヘンジを撃破したのだ。長距離侵攻したストライク・パッケージの先陣を切っていたのがあのメビウス 1 だったという話は、ISAF の宣伝放送を待つまでもなくすぐに伝わった。撃墜され生還したパイロットが、敵機の垂直尾翼に描かれたリボンを目撃していたのだ。メビウス 1 が必ず、低視認性塗装に関する規定を破っているとしか思えないメビウスの環、我々がリボンと呼ぶそれを機体のどこかに描いていることは、その頃には全軍に知れ渡っていた。
その日を境に、すべてが雪崩を打つように変化してしまった。
ISAF は我々が一年前に見せたのと同じような勢いで大陸深部へと突き進んだ。
私たちは当然、その敵を食い止めるべく毎日何度も空へと上がった。しかし、悪化する状況を変化させることはできなかった。補給は滞り始め、我が部隊が必要とする無数の物資も不足がちになった。特に我が軍の主力をなす機体の多くは旧東側製であり、そうであるが故にエンジンやアヴィオニクスの耐久性や稼働時間が比較的短かったことも、逼迫する兵站・整備状況に追いうちをかけた。そのあたりを走る自動車のガソリンよりよほど単純な組成であるはずの航空燃料さえ、質の低下が目立っていた。もちろん、絶対量も足りなくなっていた。
そしてある日、私たちの飛行隊がいた野戦飛行場の上空に敵機が突入してきた。
空中戦闘哨戒に上がっていた戦闘機を中距離空対空ミサイルの飽和攻撃で瞬く間に屠った彼らは、いささか無謀にも空挺部隊を投入して飛行場の奪取を図った。SEAD ---防空網制圧任務---機が対レーダーミサイルと誘導爆弾を雨あられと叩き込んで防空陣地を叩き潰すや否や、数機の C-17 輸送機が低空侵入しながら無数のパラシュートをばらまいた。
勝負はほんの一時間ほどで決まった。陸軍から派遣されたわずかな数の守備隊を除けば丸腰同然の整備員や地上支援要員ばかりで、まるで抵抗する術を持たない我が飛行中隊はあっという間に降伏を強いられたのだ。
その日、空に上がっていなかった私も囚われの身となった。
ISAF がそんな無茶をしてまで飛行場の奪取を図ったのは、急速に拡大する戦線を支えるため、より多くの航空兵力を展開させるのに必要な前線拠点を確保しようとしたからだ。もちろん航空輸送による兵站を維持するためにも。そして貧相な滑走路が一本だけという小さな野戦飛行場には工兵大隊が投入され、一ヶ月も経たないうちに横風用滑走路と今までに倍する数のシェルター型格納庫を備えた前線基地に模様替えされてしまった。
私はといえば、飛行場同様に否応なしに所属を変えざるを得ない立場にあった。
緑色の部隊旗とも、誇らしかったストライプともおさらばすることになった。新たな旗のもとで、つい先日までの仲間を相手に戦わねばならないことに気付くのに時間はかからなかった。
ある夜、格納庫で自分のこれからの運命について考えていた私の前に、いつの間にか誰かが立っていることに気がついた。
いかにも東洋系らしく何を考えているのかよくわからない、どこか茫洋とした顔つきの青年はしばらく私を眺めていた。首を傾げ、一言呟く。
「まあ、ラプターよりはずっとハンサムだよな、フランカーって」
彼は丸めていた紙を広げ、それと私を交互に眺めながらしばらく考え込んでいた。
そこに描かれていたものに気付いた私が、そのときの驚きを彼に伝えることができないのがなんとも腹立たしかった。
そして、私が計器と挙動でしか人間に意志を伝えることのできないメカトロニクス---戦闘機であることにも。
新たな相棒は、私を随分と驚かせた。
彼がどのような人物なのかは噂話でしか知らなかったが、実際は噂以上だった。
緑色のストライプの代わりに、もはや半ば伝説と化したメビウスの環を垂直尾翼に描くことを許された私は、いまだにこの現実に対して信じがたい思いを抱いていた。しかし彼とともに大空を駆け巡り、いままでよりずっと激しい戦いを闘い抜くあいだに、これは運命なのだ、と信じるようになった。
私も彼にとっていい相棒であるように務めたし、彼もそのようにしてくれた。その結果として、私たちは最高のコンビであることを証明し続けた。キャノピーの下に描かれるキルマークは自分でも信じ難いほどの勢いで増えていった。
それからほどなく、私はかつて飛んだことのある空に戻ってきた。
あの時は工場をロールアウトしたばかりの、これからの運命など知る由もないルーキーとして、己の翼とその未来に例えようもないほどの自信と誇り、そして希望を抱いて飛んだ空。
しかし今度は違った。眼下に広がる半ば水没しかかったファーバンティを、かつて自らの翼で守ると誓ったはずのその街を蹂躙すべくここへやってきたのだ。私はほんのわずかな逡巡ののち、その数年前の記憶を振り払って、相棒とともにミリタリーパワーでその空へと突撃した。
運河に自らを鎮座させ、砲台として防戦を試みる巡洋艦に突っ込み、その艦橋構造物を吹き飛ばした。橋をくぐり抜け、チャフとフレアが織り成す花を咲かせながら、しつこく迫るミサイルを振り払う。対空機関砲から伸びる炎の螺旋を躱し、地上で蠢く戦車を容赦なく薙ぎ払った。私たちは激戦の中でパイロットと戦闘機という関係を超え、メビウス 1 という名の無機物と有機物の複合体となった。紅蓮の炎に包まれた都市にさらなる死の彩りを加えることに、もはや何の躊躇いもなかった。
そう、いまの私は戦場の死神、メビウス 1 だからだ。
すべての弾薬を消費してウィンチェスターをコールした私たちは、前線基地へ戻りホット・フュエリングと空対空兵装の再搭載を済ませ、再びファーバンティへと舞い戻った。
そのとき、私は急速に接近する機影を捉えた。AWACS とのデータリンクも同じ情報を伝えている。
レーダー、そして IRST の視界の中に浮かび上がる私と同じシルエット、Su-37。編隊だった。
その主翼の翼端を染め上げる鮮やかな黄色。
かつて私が憧れた翼、黄色の名を持つ空の悪魔。そして私は死神としてその悪魔と戦うことに、自分でも信じられないほどの昂ぶりを覚えた。
それからのことは自分でもよく憶えていない。
やっと自我を取り戻したときには、複数の敵機との格闘戦により、過剰な G をかけすぎて酷い皺が寄ってしまった主翼をかばいながら、ゆっくりとした錐揉みに陥りながら墜ちていく最後の黄色い Su-37 を追いかけていた。私は降下しながらその機のシリアルナンバーを読み取り、困惑を覚えた。彼は私と同じラインで、同じ月に生まれ出た兄弟だったのだ。その事実が、急速に私を戦闘の興奮から醒めさせた。
メビウス 1 ---興奮が醒めるとともに、私の中にいる別の有機体として認識できるようになった相棒---が何かを叫んでいた。ガードチャンネルで脱出を呼びかけているのだ。13 という数字を描いたフランカーのパイロットは、彼の身体をシートに押し付け、ヘルメットをキャノピーに叩きつけるほどの恐るべき G にもかかわらず、こちらに視線を向け、頷いた。もう終わった、これでいいのだとでもいうように。
ほどなく私の兄弟は回復不能なスピンに陥り、一瞬後、すべてが限界を超えて空中分解した。
私は兄弟とそのパイロットを想い、彼らが消えた空をゆっくりと旋回しながら瞑目した。
私の戦争はその日で終わった。
もはや使い物にならない主翼を修理する前に、かつて私が所属していたエルジア軍は降伏した。
その後、エルジアの青年将校たちが「最終兵器」とやらを奪取して決起を図った際には、その鎮圧に私の相棒も参加したというが、私は格納庫の中でそのニュースを聞いたに留まった。本当の終戦はその瞬間だった。
それからしばらく、私は相棒、いや、かつての相棒というべき人物と逢う機会がなかった。
ようやく主翼が交換され、別のパイロットを乗せて空に上がることができたのは半年もあとのことだったし、彼は私に逢うこともなく、ノースポイント防衛空軍の原隊へ復帰したという話だった。今頃はあの不細工なラプターに、何を考えているかわからない表情でまたメビウスの環を描いているのだろう。
そして終戦から一年近くが経った頃、唐突に整備員達が私の塗装を剥がしにかかった。
私は憤慨した。垂直尾翼のリボンとキルマークが容赦なく溶剤に消されていくあいだ、この理不尽な仕打ちに本気で腹を立てていたのだ。あの彼とともに戦場にあった頃の記憶を無理矢理に消されているかのような思いに打ちのめされた。
しかし、整備員たちが別の塗料を用意し始め、いつかのメビウス 1 のように塗装図を広げたとき、私は意外な感情を抱くことになった。
「久しぶりだよな。しかし……決まってるじゃないか、お前」
メビウス 1 は戻ってきた。ぼそぼそと呟きながら、私の周囲を歩いて回る。プリフライトチェックのあいだ、何かと新たな塗装をまとった私を見上げては、嬉しいのかそうではないのかよくわからない表情を見せていた。
その日、私たちは様々な塗装に身を包んだ列機とともに空へと舞い上がった。
四機、それもばらばらの機種で構成された私たちの編隊は、あのファーバンティへと針路を取る。待機時間のあいだ、私は復興が進むファーバンティの街を飽くことなく見下ろしていた。
時間がきた。
私たちは低空で、市の中央公園へとゆっくりと飛んだ。がっちりとした編隊を組み、真っ直ぐに。私はその三番機を務めていた。
眼下の公園では式典が行われていた。今日は最初の終戦記念日だった。整列した人の群れは、最低限の防備兵力として再建され始めたばかりのエルジア軍、そして ISAF 各国の軍の制服に身を包んでいた。礼砲の響きが消えやらぬ公園の上空へと、四機編隊で進入。そして、私はメビウス 1 がスティックに力を加えるのを感じ、それに呼応して操縦翼面を動かした。押し込まれるスロットルには、アフタバーナーを点火することで応える。
四機編隊の三番機である私は、編隊から離れた。広大な空へと、真っ直ぐに上昇しながら。
空で喪われた者を悼む編隊飛行---ミッシングマン・フォーメーション---の三番機は、天へと戻る彼らの魂を連れていくのだ。私は自らが撃墜したいくつもの魂と、あの戦争で同じ運命を辿った無数の魂の重みを主翼に感じながら、蒼く澄んだ空へと駆け昇った。
そのときの私の主翼の翼端は黄色く染め上げられていた。
そして、誇らしげに描き込まれた 13 という数字。
私は今は亡き兄弟を摸した衣に身を包み、空で散った者たちの魂の依り代となって、彼らを天へと連れ帰った。
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そしてあの戦争から二十年が経った。
私は自らを構成する複合材と金属に、もはやどうしようにもない寿命が来たことを知っていた。
あれから何人ものパイロットを乗せ、空を駆け巡ったことを思い出す。結局、再び実戦に参加することはなかった。しかし、奇遇にも私は再びエルジアの記章を主翼にまとうことになった。十数年をかけて再建されたエルジア空軍へと再び舞い戻った私は、高等操縦課程を卒業し、これから実戦部隊へ配属されるパイロットに戦闘機の味を覚えさせる仕事を与えられたのだ。彼らはクールを装いながらも、伝説的なエースの乗機として飛んだ私に乗れることを喜んでいるようだった。
しかし、度重なる構造強化と厳格な寿命管理の連続にも限界が訪れた。
最期の日、私はどうということはない一時間ほどのフェリー・フライトを兼ねたラストフライトを終え、地上に戻った。私は見知らぬ基地に降り立っていた。おそらくは、ここが終の住処---いや、私の墓場となる場所なのだろう。
パイロットと整備員がシャンパンを私にふりかけ、ささやかな引退式典を執り行ってくれた。そしてそれから何日かをかけて、私の身体から作動油やガス、バッテリーに火工品、まだ使い道のある搭載機器が次々と外されていった。私は自らがもはや永遠に飛べないことを改めて思い知った。
いつスクラップ・ヤードへ引いていかれるのかと考えながら過ごした数ヶ月が過ぎた頃、いきなりこれまでの生涯で何度となく行なったような再塗装を受けた私はひどく驚いた。
その前にはひどく丁寧な整備すら施された。もちろん、また飛べるようになったわけではないが、少なくとも見た目に関しては小さなリベットの脱落すら見逃すことなく修復されたのだ。あまりに突然のことに戸惑う。葬式にしては手が込み過ぎている。
そして新たに施されたその塗装には、ひどく懐かしさを覚えた。
若い頃に憧れ、そして自らが撃墜し、その後ミッシングマン・フォーメーションのためにまとうことになった黄色い翼端と 13 の文字。まさか二度目があるとは夢にも思わなかった。
心の中に戸惑いを覚えたままの私が格納庫から引き出されると、そこは式典の会場となっていた。
ただし、今度は内輪の式典などではなかった。むしろにぎやかといっていい式典だった。
着飾った私を囲み、軍楽隊が景気のいい音楽を奏でる。民間人、軍人、そして政治家の長ったらしいスピーチ……人間はどうしてこう騒がしいのかと、自分がなぜここにいるのかという疑問や戸惑いすら忘れて半ば呆れていた私は、ふとあるものに気付いた。しばらく格納庫の中にいたせいで気付かなかったが、軍民共用空港となっているこの基地のターミナルの一画に、新しくぴかぴかの、ひどく大きな建物がいつの間にか建っていたのだ。掲げられたばかりらしく、まだ真新しい案内板の文字を読み取る。
大陸戦争記念航空博物館。
すべてではないにしろ、疑問は半ば氷解した。
そのとき、私は式典の参列者に懐かしい顔を見つけた。すっかり中年になっていたが、あのどこか茫洋とした表情は見間違えようがなかった。相変らず飛んでいるのだろう、式典に相応しいとは思えないよれよれのフライトスーツ姿。そのスーツの袖には、あのメビウスの環を描いた大きなパッチがべったりと縫い付けられている。メビウス・スコードロンか。ああ、式典の真っ最中なのにあくびをしている。彼らしいといえば彼らしいが。
その隣にいた、まだ青年といっても通用しそうな男性がメビウス 1 に何か話しかけていた。知らない顔だ。男性の傍らには、少し年上だろう金髪の女性が寄り添っている。男性は古びた何か、銀色の何かを握っていた。あれはハモニカだろうか。
式典が終わり、私の主脚に取りつけられたバーをトーイングカーが引っ張った。拍手する参加者の前をゆっくりと通り過ぎ、駐機場を横断していく。その先に、あの新しく大きな博物館の展示棟があった。搬入用の巨大な扉が開いている。私は一階フロアのほぼ中央に誘導された。私の位置の隣には ISAF の F/A-22 ラプターがいた。そのラプターの垂直尾翼には紛れもないメビウスの環があった。戦争が終わり、いまは翼を並べあって休むかつての好敵手同士---これはそういう演出なのだろう。
私はその好敵手の一方を演じる権利を与えられたことが、ただ嬉しかった。
その日の夜、人気のない博物館のひんやりとした空気の中で休んでいた私は、妙な騒音と複数の足音を聞いた。
いたずら小僧のような笑みを浮かべたメビウス 1 が、どこから持ってきたのか整備用タラップをがらがらと押してきたのだ。後ろについてきているのは、式典でみかけたあの見知らぬ男性と女性だった。
メビウス 1 はタラップを私の機首に付け、アクセスパネルを開くと、そこにあった緊急開放ハンドルを回して私のキャノピーを上げた。彼がうなずくと、男性がゆっくりとタラップを上ってきた。
彼はポケットから何かを出した。
小さな、古い金属塊---いや、ハモニカだった。
屈み込んだ彼は、古いハモニカをコックピットの片隅の目立たない場所に押し込んだ。下から見上げていた女性に、すべてが終わったというような表情でうなずいてみせる。メビウス 1 が再びハンドルを回し、キャノピーを閉じた。
私はそのハモニカが何を意味するのか、知りようもなかった。しかし彼らと、そしておそらくは私がまとう黄色の 13 という衣裳、そのあいだにある何かにとってはひどく大事なものだということは察しがついた。
私から離れた男性が別の新しいハモニカを取り出した。
誰もいない広い空間に、しばらくのあいだハモニカが静かな音色を奏でる。
その音色に心と身を委ねていた私がふと我に返ったときにはもう、彼らの姿は消えていた。
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あの出来事からもう何年が経ったのか、私にもよくわからない。
おそらくは何十年という時間が過ぎ去ったのだろう。そのあいだに、私を物珍しげに見上げる人々の服装が変わり、交わす言葉の節々までもが変化していたのだから。
その長い刻の中で、私はこちらを見上げる人間達を眺め、彼らの他愛もない会話を聞いた。それに飽きると大きな天窓から空を仰ぎ、あの蒼空を駆け巡った過去を懐かしんだ。
夜になると、もう誰も座ることのないコックピットの片隅で薄く埃をかぶるハモニカが意味するものが何なのか、想像の翼をはためかせた。戦争にまつわるつらく哀しい出来事とかかわりがあるのだろうとは思ったが、彼らともう逢えるわけではない以上、それは私にとって永遠の謎となってしまった。
そのことに気付くたび、私はこの場所で余生を過ごすことの意味をこう考えることにしている。
これは最後の任務なのだ。
あの過去を記憶するすべての人間が死に絶えても、私がここにいる限り、あの戦争の記憶は私の翼とともに語り継がれる。私はここで、翼のかたちをとった記憶として、あの戦争の一端を後世の人々へ語り続けていくのだ。
誰も知らない小さな謎をこのコックピットに秘めたまま永遠に続く、終わりのない任務として。
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あとがきと言う名の言い訳
ラストでかつての「少年」がコックピットに押し込んだハモニカは最初ハンカチだったんですがねー。 考えてみりゃあのハンカチは埋めたんだった(^_^;) つーわけであわてて古いハモニカに書き換えてみたり。おかげで整合性が……。
なお、AC04 の SS は他にもいくつか書いたものの、諸般の事情により凍結中。
気が向いたら、改稿の上でアップするかも……ってそんな根性はないか、うん。
初出
2002/1
Lycos(Tripod)フリーwebスペースにアップ
2 ちゃん AC スレよりリンク
2002/2
当サイトの日記よりリンク
削除日……失念
2002/12/15
@Nifty にて再アップ
2004/5/19
ページ内を一部改定
切れっぱなしだった"Winfield Lab."へのリンクを再設定
2005/10/04
"Winfield Lab."消滅に伴いリンク先変更
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