その8:コモ2日めの夜
Villa Olmo 。イタリア式庭園とは言うが、こんなもんだっけ?
でーんとだだっ広い前庭は湖の船着き場に続いていて、テニスの格好した中学生
くらいの男女が走っている。
しかし、建物の裏手には、緑の丈の低い草地に円形の大理石造りのあずまや、
様々な種類の巨木で調えられた場所があったから、こっちが庭園なのであろう。
巨木の間を、足元の雑草に気をとられながら歩いていくと、自分が溶けていく。
ほんとに物理とは、縁がない私であった。
Villa Olmo を出て、同じ道を帰る。湖と、その対岸の風景は美しい。対岸の山
には1本の線が通っていて、何かと思えばケーブルカーで山のてっぺんまで行ける
のだそうである。が、そこまで行く必要も覚えず、ただ、ベンチに座って、湖や
湖岸の道をゆく人々を眺める。
「ノー!ヘミングウェイ!!」 声が聞こえた方を振り返れば、ヘミングウェイ
はバセットハウンド、つまり、犬だった。犬のヘミングウェイは、よその犬の
匂いを嗅ごうとして飼い主に叱られていたのだ。これで何かでぱこんとやられれば
「武器よさらば」ということになるのだが、そういうこともなかった。
飼い主は老人ではなく、若かった。コモは湖で、海でもなかった。つまらん。
歩き始めた。先刻のカップルが、まーだやっていた。他のベンチでは、背もたれ
がないのをいいことにまたがって座り、向かい合って語り合うカップルもいた。
ちなみに、女の脚は男の脚の上にどすんと載せられているのである。なんだかもう、
ここまで見てしまうと、「色々大変だなー」程度の、無難な線に落ち着いてしまう。
公園を通りかかると、夫に手を振る若いムスメがいた。小学生2〜3年生くらいか。
夕飯時、彼女も家族にむかってそのネタを話すのであろう。「今日ね、公園に東洋人
の二人連れがいて、アタシが手を振ったらにっこり笑って手を振り返してくれた
のよ!やっぱりアタシがかわいいからよね!」
って、こんなもん?違うか?
湖岸の道を歩いて、船着き場に向かう。これから連絡船を使ってホテルへ帰る
のである。私達が乗った連絡船は、定員30人くらいの小さな船だった。
何時が最終便なのかわからないが、もう少し滞在していれば、連絡船で湖の対岸に
渡り、食事をしてからまた船で帰ってくることも出来たかもしれず、なおも滞在して
いれば、連絡船の最終便は最終電車のような状態になっているのを発見したかも
しれなかった。見たいかどうかはともかく。
船は定員一杯の人間を乗せて出発した。私達に向かい合って座ったのは、
世界中で一番けったくそ悪いかもしれないイタリア人カップルだった。何が
けったくそ悪いかって、私ときたら、体勢を立て直そうとしたところ、間違って
男の方の足をちょっとけってしまったのである。
「ごめんなさい」と日本語で言えば、じろりと睨むのは、女の方。あのー、それって
「アタシのオトコにちょっかい出すんじゃないわよっ!」という意味でしょうか?
だとしたら、けっ、だーれがそんな馬鹿そうな顔した男、興味あるもんか!
しかし、今度はオトコの方がにたにたじろじろ、上から下まで見やがる。何これ〜。
むかついていると、わかっているんだかいないんだか、夫、カメラを出して沿岸
を写しだす。すると敵もただちにカメラを出し、撮りまくった挙げ句に近くに座って
いたオバサンにシャッター押してもらって、記念撮影をするのだった。
私は、奥の手に出た。「アナタ、双眼鏡出してやって!!」
敵も、双眼鏡までは用意してなかった。そりゃ当たり前だがな〜。
今、思い出してもくだらない。これからの人生危ぶまれるくらい、くだらない。
大体これで「勝った」と言えるのかどうか。
船は、少し停泊しては、すぐ出ていく。どんな物語を隠し持つのか、美しい建物が
たくさんあったが、その中の一つでは、強いライトがたかれ、庭で映画の撮影が
行われている。白いドレスを着た女優がカメラの前に立っているのまでわかった
のは、もちろん双眼鏡のおかげである。ほほほ。
これみよがしっ!に双眼鏡を夫とかわりばんこに使いながら、私は笑いをこらえて
いた。ここまで私を下品に引き下ろしてくれる、イタリアのカップルや侮り難し。
郷に入れば郷に従えとは言うが、やってられん。
船は TORNO の船着き場に着いた。その前の小さな小さなカフェ・レストラン
では、何人かの人々がビールを飲んでいて、こちらを物珍しそうに眺めた。
石畳の坂道を、昇る。周囲は、一体いつからそこに存在するのかと聞きたくなるほど
古い石造りの建物である。3階から、1階にいる猫を呼んでいる青年がいた。
一体私はここで何種類の動物を見たことだろう??
TORNOの地図はもらっていたが、迷いようのない道だった。
坂を上へ上へ昇っていきさえすればいいのである。小学校、昨日も見た教会。
で、昨日同様、びゅんびゅん車がトばしてくる道をホテルまで帰ったわけだ。
既に夕方になっていて、私達はぼーっと外を眺め、お茶を飲み、時間に
なったら食事に行った。夫はハウス・スペシャルと書いてあったラビオリを前菜に
注文したが、それは茸と生クリームを多用したもので、前菜本来の目的に供する
には多少問題があると思えた。もちろん、とても美味しかった。
私はスモークトサーモンを注文した。焼いた食パンが添えられていて、冷たく
ならないようナプキンで包んであったまでは良かったが、サーモンに載せるべく
ついていたのがケイパーではなく、オリーブで作ったペーストであった。
あれはやはり、ケイパーの方が美味しい。メインは、忘れた。
最後にレストランの方から食後酒をふるまってくれた。
レモン チェッロ。レモンのリキュール。上機嫌で部屋に帰った。
翌日は、ミラノへ。