その5:イタリア、コモ湖畔

空港で荷物を待っていたら、目の前にドーベルマンの子犬を連れている女性が
いた。ペット用のケージが横にあるところを見ると、どうやらこの小犬は飛行機に
載せられて来たらしい。これがまた、訓練されてこそのドーベルマンというのが
はっきりわかる「小犬ぶり」で、外見こそはそれらしいが、隙だらけなのだ。

その証拠に、たくさんの荷物を受け取った人と犬は歩き出したのだが、犬は安心
したのか大きなあくびをしたかと思うと、ふと空をあおいだと思ったら次の瞬間、
例の用事を足すべく、空港のフロアの真ん中にしゃがみこもうとしたのである。

驚いたのは飼い主で、何やら言いながら犬を外に連れ出そうとしたのだが、
荷物を放っておくわけにはいかないことにも気がつき、さりとて犬は一刻の猶予も
ならず、あわてまくる飼い主の姿がまた・・。たまらなく楽しいぞ。

空港に降りたとき、私達はイタリア・リラを持っていなかった。←わーすごい
地図をもらいに行ったら、案内所のおねえさんは「たーいへんっ!早く行かないと
バスが出るわよっ!」と教えてくれたのだが、銀行に行かずにはバスにも乗れないん
です。あなたまであわててくれてありがとうってもんだった。

トイレに行けば、手を洗う水が出ず、「ありゃ?」なぞと奇声を発していれば
隣にいたお姉さん(多分イタリア人)が「これはアタシが思うに自動式なのよね。」
と言って自分の手を蛇口に差し出した挙げ句にやはり出ず、「変だわっ!?」
あなたまで手を洗おうとしてくれて、ありがとう。でも蛇口は隣にもあるから、
そっちを使うね。

いやしかし、同じバスが出るでも、次のバスが 4時間後にしか来ないとは知らな
かった〜。チケットを既に買ったのに、と嘆いていた人もいたようだったが、
行ってしまったもんはしょうがない。で、元来は直接コモ湖に 30分で行けるはずの
ところを私達は遠回りルートで行くべく、まずミラノ行きのバスに乗ったのだった。

バスは40分でミラノは中央駅に着いた。ヨーロッパだなあという気持ちになれる、
装飾だらけの駅。天井は高くアーチ型を描き、鉄骨がいかに優雅であることか。
で、夫は私を荷物番に置き、チケット売り場を探しに行く。荷物と取り残されたとこ
ろで、しまった!と思ったのは、ここがイタリアであることを思い出したから。

ローマ中央駅では、一目でそれとわかるジプシーがカモを探してうろうろして
いた。ものの本によれば、ミラノまで来ると、ジプシーは普通の格好でお仕事してる
らしい。ってことは、逆なのではないか。荷物番は夫で、私が切符を買いに行くべき
なのではなかったか。でなくば、一緒に重たい荷物をひきずって行くべきだった?

脳内で不安を温泉のように噴出させていたら、つかつかと寄って来る人がいる。
わあああ、私ってばカモになっちゃうのおー?と顔を上げたら、寄ってきたのは普通
のおっさんだった。そして、目が合うなりおっさんたら、にーーーっこり、と微笑ん
だのである。なるほどここはイタリア、であった。力が抜けた。

ミラノ中央駅からコモまでは急行電車で30分。ただし、この路線では行き過ぎる
とスイスまで行ってしまう。通常アナウンスもベルもないから、気をつけないと
いけない。途中、トイレに行く。今になれば何語で書いてあったのかわからないが、
トイレに、駅で停まってる間は使わないでとの表示あり、何のこっちゃと思ったが
流そうと思ってペダルを踏んで、やっとわかった。そこには、走り去る地面が・・。
違うか。走り去っていくのは私達の方なのだ。つまりタンク式でなかったのだ。

車窓の外では、とうもろこし畑や原野が続く。紫ピンクの花をつける低木があり、
何だろうと思っていたが、後にブッドレアであるとわかった。これはチョウを呼ぶ
花として有名である。このへんでは生命力強すぎて雑木になってるのか、でなくば
原産地なんだろうな〜っと。←ちゃんと調べましょうね。

アナウンスはないだろうと思っていたが、コモは乗り降りする客が多いらしく、
ちゃんとアナウンスしてくれた。コモ北駅に降りる。タクシーに乗ってホテルを
目指す。あらこのタクシー、ベンツ。でも、オランダで乗ったBMWより汚い。
降りようとしたら、小銭が足りず、大量の釣り銭が必要ということがわかり、
運転手はタクシー代をまけてくれた・・。すまん。

それはいいのだが、降りた後で私達が座った後のシートを真剣にチェックして
いた。あれは一体なんだったのか。日本人ならおベンツ様にイタズラする奴なんて
いないよ、君〜、と教えてあげたかった。

夫が、インターネットで予約したホテルである。うーーーーーーん、ボロ汚い。
それもどちらかと言えば、木や石の汚さではなく、プラスチックの汚さの方。(^^;)
そして、予約した旨を言うと、ホテルの人はいきなりこう言い出したのである。
「あなたには、2つの選択肢がある。」 へっ?

彼は続けて 「ここに泊まるか、さもなくばコモ湖近くのホテルに泊まるか。
ホテルは湖の上にあり、眺望レストランつきで、ええと英語で何て言ったっけ?
そうそう、ボート遊びも出来る!」

あからさまに、怪しい。しかし、いくらかと聞けば、全然高くない。わけがわか
らんが、きっとここよりはマシだろう!よし、話に乗った!馬をひけ、いやさ
タクシーを呼べいっ!・・・即決しちゃうくらい、ボロだったんである。ホント。
悪いのはうちの夫ではない。いや、悪いのか。運が悪い。インターネットを信用
しすぎては、いかん。きっとオーナーの息子かなんかがパソコンヲタクなんだな。

今度は日本車のタクシーだった。車はほどなく街中を出て、左側にコモ湖を見る、
崖の道に入った。道は狭いは対向車はトばして来るはで、どえらく恐い。だが、
右にも左にも斜面にしがみつくようにして建っている民家、別荘、ホテル、その建物
や庭のカワイイことカワイイこと。をを、モンキー・パズルの大木!

20分も走ったところで、ホテル到着。入り口のところには、大きな栗の木があり、
そのイガがはじけそうにふくらんでいる。それを見たら、信用したくなった。
ホテル入り口からホテルの玄関までは、また紆余曲折があった。入り口、または
道路に面しているのがホテルの3階なのである。すっごいヘアピン・カーブを
切り返して下り、(「わあっ!」と驚いたら運転手、笑った)ホテル玄関に、到着。

このホテルのつくりは、熱海あたりの会社の保養所みたいだった。部屋を教えて
もらい、エレベーターから降りるとそこはさっきのホテル入り口の階で、おばさんが
子供二人を叱り飛ばしつつ、泣き叫ぶ赤ちゃんにミルクをやりながらお掃除をして
いた。のちにこのおばさんは、四角い部屋を丸く掃く技の持ち主と知ることになる。

部屋に入ると、日本で言えば8畳間くらいの真ん中に、お互いが寝返りを打っても
暴力にならない程度のダブルベッドがどん!と置いてあり、あとは小さな机と椅子。
クローゼットもあるし、小さいながらバスタブもあり、実に実に、イタリア庶民の
バカンスのありさまを見せてくれるというもの。
だが、何が素晴らしいと言って、ベランダ。

目の前には湖が広がっていた。本当に on the lake!
コモ湖は人という文字にも似て、幅が狭いため、対岸の家々が近い。部屋は角部屋
であるため、左を見れば民家の家庭菜園が見えた。いずれも急な斜面であるために
石垣を築き、細長い段々畑となっている。植えてあるのはトマトにインゲン、青い
菜っぱのようなものも見えるが、何かはわからない。

やがて爆音が低く聞こえてきたが、それは水上飛行機のものだった。目の前の山を
ちょいと越えると、アルプスが見えるはずである。コモ湖のすぐ先はスイスなのだ。
湖にはモーターボートや遊覧船などが行き来している。隣の部屋のベランダでは、
一人の男の人が、曇りガラスの向こうでワインだかシャンパンだかを飲んでいるのが
それとなく確認できた。

眼下の畑では、そこの持ち主らしいおばさんが、ホテルから見ると殆ど真下の畑の
主人とけんか腰で何か言い合っていた。その声は私にはけんかに聞こえるのだが、
元々そういう調子なのかもしれなかった。日常茶飯事である証拠に、主人の足元では
良く太ったニワトリ達が、驚きもせずに低い鳴き声のまま、何かついばんでいる。

しばらくすると、ドドドド・・という低い音がして、今度はずっと下の道を羊が
3頭、走って行った。これまたしばらくすると、先ほどのおばさんの畑に茶色の
ウサギが一羽やって来て、いろいろ食べている。再びおばさん登場、ウサギを
追って、共に見えなくなった。

うしろの方から、「水上飛行機、明日乗ってみようよ!」 と夫が声をかけた。