その3:ライデンでの午後

  キューケンホフ公園をあとにして、ライデン。
ここには、有名なライデン大学付属植物園 (HORTUS BOTANICUS)がある。
ライデン市や、ライデン大学創立に関しては、司馬遼太郎の「オランダ紀行」に詳
しい。ライデン大学付属植物園の中にはシーボルト記念庭園があり、彼が日本から
送った植物の一部が、今なおこの植物園の中で根づいていることが知られている。

  実は、ライデンの街では道に迷った。外国では通りの名前をすべて記した索引つき
の地図がないと、非常に苦労することはわかっていたが、入手できなかったのだ。
あきらめそうになった時、ふと、年齢に関係なく人々がおしゃべりしてるところに
出会い、そこが、ライデン大学の門の前だった。 それで HORTUS BOTANICUS の表示
を見つけ、閉園が6時であることを知ったのである。

  中庭を斜めに横切り、レストラン左にある入り口で、入場料を払うと、日本語の
パンフレットをくれる。入り口横には売店があり、ついこの間まで、朝顔展を開催
していたらしく、朝顔の本や絵葉書を売っていた。

  売店を出て、中庭をつっきると、最初にあるのは温室である。中庭の左側には朝顔
が植わっており、右側には大きな鉢植え、パンフレットによれば「桶植え植物」が並ん
でいる。寒さに弱いものはこれで栽培し、寒くなったら温室内に移動し、暖かくなっ
たら戸外に出す。が。桶植え植物の一番重いもので、2000kg以上になるとのことで。

  温泉利用の熱帯植物園が一体全体日本中ににいくつあることだろうかと考えつつ、
一応入ってみる。こんな我々にとって物珍しいのは、見たことない柑橘類の実でも
なく、ましてやバナナの葉っぱでもない。この、オランダはライデン大学が誇る、
コンニャク属の植物のコレクションである。いや、違うな。

  物珍しいのは、小汚く(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!)どれがどうと
言ってたいして違いがないように見えるコンニャク属の植物達の茎、葉に、違いを
求め、一つ一つ分類し、愛し尽くす研究者たちの方である。普通の人々が見たら、
あまりの清々しさに、涙出そうなくらい感動しちゃうのは、間違いない。多分。

  温室を出ると、植物用のベッドがいくつかあって、どれどれと覗いてみれば、
覆いをかけてあった中身は、たくさんの花をつけた小さなサボテン達だった。
別のベッドには多肉植物達が入っている。これや〜。こ〜いうのが見たかった。
サボテンに花なんて要らないと思ってるけど、多肉だからって種蒔きくらいしか
しないけど、もう固いことは言いっこなし。

  それからはあっちを見、こっちを見、宝探しである。もう、花なんて着いてなく
てもかまわない。咲いてても悪くないけど、これがある、あれがある、知っている、
知らない、もう知らなくてもかまわない。いいじゃない、変じゃない、これ欲しい
じゃん。あっちも見たいは素敵だから見たくないはで時間が経っていく。

  年月のせいで顔立ちが丸くなったリンネの像があり、その足元にはインパチエンス
属が何種か植えてあり、ホウセンカともう1種類だけが咲いていた。この、もう1種類
の奴とは、いずれコモ湖畔の崖っぷちで出会うことになる。

  シーボルト記念庭園の小さなあずまやの奥に、アジサイに囲まれてシーボルトの
胸像が、ある。なぜアジサイなのか、それは植物好きにとっては耳ダコもので、
シーボルトがアジサイの学名に日本人妻、お滝の名を使ったからである。シーボルト
とアジサイと言えば、もはや定番みたいなもんで。

  ところでシーボルトときたら、実はドイツ人であって、オランダ人ではない。
彼は自然科学っちゅーか、博物学が大好きで、だが、そのへんのヲタク君と違う
ところは、医者の家系に生まれ、自分も優秀な医者である、ということだった。

  で、死んだ父親のコネを使い、オランダ政府公認でオランダ人になりすまし、
あこがれの日本にやってきたわけだ。日本では医学の知識を講義しつつ、お返しに
相手の日本人からは様々な知識や標本を得た。オランダ政府は彼の本業と趣味を
超・ありがたく利用したのだったが、シーボルトにとってもそれはお互い様だった。

  優秀な彼がどれほどのことをしとげたかは、「蘭学の時代:赤木昭夫著 中公新書」
に詳しい。しかし、彼のしたことは、鎖国下の日本でははっきり言ってスパイで
あった。やがてシーボルトは日本地図を得たことなどがバレて国外追放に。
それだけならまだしも、当然、選ばれ、彼の教えを受けることが出来るほどの
優秀な日本人達もそれに巻き込まれて大量にお咎めを受けることになっちゃうので
ある。もーちっとなんとかならんかったのかねえ。大迷惑〜。

  シーボルトの収穫物は海を越えてオランダに送られ、そのうちのたった 13種、
15本がここライデン大学植物園で根づいている。もちろんそれだけがこの植物園の
コレクションではないのだが、実際、前回オランダに来てもここを訪れる気がしな
かったのは、ライデン大学の植物園と言えば、このシーボルトの植物ばかりが
クローズアップされてたからだった。

  ぶっちゃけた話、どーせ見慣れた日本の植物やん?ということである。
寒いオランダで不自然に育った日本の植物なんか見ても、しょうがないんじゃない?
ということである。そして、大学付属植物園なのだから、研究としては素晴らしく
ても、私には猫に小判で終わるだろーと。

  コンニャク属のコレクションだけで終わっていたら、確かに猫に小判だったろう
が、当然そんなことはない。屈指のコレクションといわれるものにはトケイソウが
あり(でも咲いてなかったが)、庭には実に様々な植物が植えられていて、当然名札
が完備されている。
  キューケンホフが応接間なら、この植物園は書斎みたいなものだろうか。応接間
より敵の本棚覗いてる方が楽しいのは当たり前・・って、ここまで断言していいのか
どうかはわからないが。

  植物園を出たら、いきなりお腹すいた。というわけで、レストランに入る。
JILLのレストラン、なんだそうだ。カフェ・レストランではなくて、「レストラン」。
このへんが、ポイントだ〜!

  まずはウナギの薫製のスープ。温いそれは、壷のような食器で供されるから、
ゆっくり食べてもさめない。ネギの類が浮かんでいて、ちゃんと薫製の香りがする。
ロブスターのクリームが添えてあるのは余計だったが、これもこってりとエビ味噌
の味がする。

  他には、生ハムをのっけた魚料理をメインにお願いしたのだが、ここでのイチオシ
はこのウナギの薫製のスープだった。

  と、日本語が聞こえてきた。話を聞いていれば、ライデン大学に入っている研究者
と、その先輩にあたるらしい。上下関係そのままに、話は続いている。で、何食う?
「Tボーンステーキ、こちらで試しましたか?美味しいですよ。」・・・そういうのを
「試す」って言うのだろうか?「試す」というからには、もっとこう、飛躍がないと
いけないような気がするのだが。そういった、前例によりかかるような態度は、
研究者としていかがなものか。ま、余計なお世話だが。

  店を出て駅まで歩き、帰りの電車に乗る。ライデンのプラットホームは、向こう
では普通なのかもしれないけど、とにかくとにかく長い。1本のそれがAとBとに
別れていて、例えばここは4Bと反対側が5Bで、4Aと5Aはどこだと思って
いれば、それは同じホームのはるか前の方〜〜にあるのだ。

  おまけに、目的地が同じアムステルダムであっても、表示を解読してみれば、
まわりまわってアムステルダム、という電車もあり、けっこー油断ならない。やっと
電車に乗れた私は、時差ぼけに酒がついて眠くてしょうがない。寝るな、寝たら
死ぬぞ!とは夫も言わなかったが、ここは外国なんだから寝ないでくれ、とは言わ
れた。やがて私の身体は、あんたが起きてればいいのよ、と夫に言っていた。

  こっくりこっくりして、はっと気がついたら・・通路をはさんで斜め前に座った
黒人のおじさんが、私の状態を見て、笑いをこらえていやがった。かなり情けない。
アムス駅からはタクシーでボロいホテルに帰った。最初に思った通りだ。眠い
身の上には、カギさえきちんとかかる部屋なら、もー何でもいいのだよ。

  明日はイタリアに移動する。