その10:ミラノにて
9/14 という日は、あと半日残っている。というわけで、科学博物館、そして
大聖堂見物のために私達はホテルを出た。ホテルの近所を見てみたら、ホテルの隣が
スーパーマーケットであることを発見。をを、なんとラッキーな。
ホテルから地下鉄で7つだったか8つだったかのところのミラノの大聖堂はある。
宗教とはコワくてなお偉大なものだと聖堂を見るたびに思う。いや、コワくてなお
偉大なのは人間の方か。大聖堂に来ると、そんなことを考えながら、結局は
ぼけっと口開けてステンドグラスを見ることになる。だってしょーがないじゃん、
ステンドグラスって上の方にあるんだもん。
大聖堂見物の後、ガレリアを歩く。これは結局、天井があるミラノ銀座だ。日本人
がたくさんいる。ここまで来ると、日本人なぞは珍しくもなんともない。皆様楽し
そうにお買い物しているが、しかし、その日片づけるべきは科学博物館である。そこ
にはレオナルド・ダ・ヴィンチやマルコーニについての展示があるらしい。
自分の街でも、知らない角を曲がったらそれは旅、とはよく言われる。それでは、
知らない街の知らない角を曲がったら何と言うのか。多分、迷子と言う。←飛躍?
科学博物館にたどりつくまでは、非常に時間がかかった。どこの国のどんな街でも、
目的地へ向かってさまよう一見無駄な時間こそが、その土地の雰囲気を私達に知ら
しめてくれるものだ。が、そう言えるのは、初めての土地に関してだけだ。
ミラノは初めてだったからスカしていられるが、2度目からは、方向音痴だな。
ようようたどりついた科学博物館。レオナルド・ダ・ヴィンチという稀代の天才に
関しては、今更何を書いてもしょーがない。(←嘘。本当は手抜き)マルコーニとは
何者か。無線通信を初めて実用化した人、なんだそうである。無線機を初めて作って
売り出した人。イタリア人であったがイタリアでは起業化できず、イギリスに渡って
ドーバー海峡を超えてフランスと通信してみせ、使えることを実証してみせた。
ところで、ダ・ヴィンチは技術方面においては概念設計ばかりしてたんで、現物
というものはない、らしい。残っているのはだから紙物ばかりとなる。この博物館の
場合は、紙物から再現した模型などが多数置いてあるわけである。ちなみにこの紙物
の原本は、1970年代になってスペインの王宮で発見され、「マドリード手稿」と呼ばれ
た。この人類の遺産は早速忠実なコピーが作られ、全世界に配布されている。日本で
は岩波書店がその栄に浴した。取材協力:夫。(^^;)←間違えてたら夫に言え、の意。
というわけで私は疲れきって、館内の椅子に座りこんでいた。夫はそりゃもう
元気なものだった。自分の好きなものになりゃ、そんなもんである。逆だな、つまり
意味もなく元気になれるものを持っているということ、それこそが素晴らしいこと
なのである。そこまで話をまとめつつも、結局私は疲れてフテていた。
ホテルへ帰る。スーパーに行き、水やらビールやら買う。真空パックされた生ハム
やチーズもついでに下見してしまう。ミラノは思いのほか魚の種類が多いところで、
鮮魚売り場には様々な魚が並んでいた。イカは甲イカと言ったか、土地によって
呼び名が違うが、背骨がでーんと広いやつで、刺し身にしてやりたくなったが。
多分、イタリア烏賊としてはそのようなことにはなりなくないだろう。
そう言えば思い出したが、コモではエビと烏賊のフリットを前菜に注文したので
あった。湖でエビに烏賊??とは思ったが、別に関係なく美味しかった。何よりも
小さなエビとブツ切りにしただけの烏賊が揚げられ、てんこ盛りになってテーブル
に到着したときには、実にうれしかったものだ。
私は、私の胃の都合を勝手に計られることなく、ただ、心ゆくまでその料理を
楽しむ機会をレストランによって提供されたのであった。ゆっくりゆっくり、
私は堪能した。当分、イカもエビもいいやと思うまで。もちろんそれは、満腹という
意味とはまた違うのであった。
ホテル以外に、レストランは、2箇所あった。1つは駅近くの通りに面したところ、
もう1つは少しだけ内側に入ったところ。それで私達は少しだけ内側に入った方を
選択した。いやしかしここがまた下町で、かなり広い店なのだが、殆ど御近所のお客
しかいないらしく、店の人が東洋人を見てびびっているのであった。
うれしそうな顔でないながらも、何故か英語のメニューはある。そっか、東洋人が
少ないわけか。英語メニューは夫の方に渡され、私の方はイタリア語である。そして
ここの料理名ときたら。「イタリアはスフォルツァ家のサラダ」ときては、何のこっ
ちゃ。だが、サラダなんだから、大惨事にはならないだろうということで、注文。
夫はと言えば、ミラノ風カツレツが食べたいと言う。
しかし、彼のメニューだと、2人様用ということになっているらしい。それで、いや
もう恩着せがましく「馬鹿ねえ、アナタの旅行じゃないの。アナタが食べたいものを
注文したらいいのよ〜」なぞとやらかし、まあそれがレバーとかだったら反対したの
だろうが、たんに自分も食べたいからにすぎない。
ビールも水もワインも注文して、食前酒にビールはあまりお馴染みではないかも
しれないが、だからってベリーニって感じでもないし。この店は本当に御近所に住む
人々が何かのときに行く店、といったかんじで、たとえば誰もが普通の格好である。
レストランにおける夕食のカンどころとしては、夫がネクタイと上着さえ身につけて
くれれば私はテキトーでいい、というものだったが、まさにそんなもんであった。
夕食ではあるが、パスタ1皿注文し、本を読みながら食べてる人もいる。
スーパー行儀が悪いわけだが、こちとらにしてみれば、これはこれで新鮮だった。
パスタだけ、というのはお店に嫌がられるとは良く聞く。しかしそれが和食の店で
どういった行為にあたるかはどこにも書いてない。私達は、あちこちでパスタだけの
お客を見てきた。それが許される関係もあるのだな、と私達はみてきたのだが、
それにしても「本を読みながらパスタ1皿」というのは!!
牛丼屋とか、一膳飯屋の世界ではないのかと言われそうだが、給仕はきちんと制服
着てるし、シャンパンまで置いているような店である。さあ、彼は一体何者だ!?
オーナーの不肖の息子か?たんなる通りすがりの不精者か?
サラダが届いた。スフォルツァ家のサラダの中身は、たくさんのルッコラの上に
モツァレラを散らし、パルミジャーノを削りかけ、その上からイチゴを散らしたもの
だった。多分これはイタリア人であれば、一般常識であるところの歴史のエピソード
に、一々合致する組み合わせなのであろう。まさか、イタリア国旗の色にかけてみた
だけで、たいした意味はありませ〜ん、なんて言わないよな。
一見美しいそれに、オリーブ油とヴィネガーをまわしかけてがしがしと混ぜる。
コモでも、この方式だった。ヴィネガーは当然ワイン・ヴィネガーで、バルサミコ
なぞではない。この分では、バルサミコ酢なんてものは日本人が世界中で一番消費
しているのではないだろうか。普通の日本人なら、オリーブ油はエクストラ・
バージンかブランド油でなければ使わないし、酢ならバルサミコだからだ。
そんなことを考えていると、向こうの方でワゴンが持ち出されてきた。
ワゴンの上には茶色の塊がのっかっていて、給仕が丁寧に切っている。興味津々で
眺めていると、それは私達のところにやってきてしまった。
これはどう見てもミラノ風ローストビーフではあっても、カツレツではない。
しかし、確かに2人様用という事態ではあり、間違えたとも思えない。間違えたと
するならば夫の方である。が、とりあえずのところは、美味なお肉で助かった。
これが香辛料一杯の内臓のポットローストみたいなものだったら死ぬまで夫は言わ
れ続けたであろう。
チップはどうしたか聞いたが、席で勘定するわけではなく、レジでぱぱっとやる
方式だった為、そうする隙がなかったと夫は言った。レストランでレジでのお勘定
など、外国ではそうそうない経験である。わけのわからん店ではあった。
ホテルに帰り、寝るしたくをしていたら夫が何事か言っている。
スーパーで買った巨大な水が、ガス入りであることを発見したのであった。夫に
よれば「なちゅらるって書いてあったんだもん」とのことだが、つまり天然ガス水って
意味かい。これがまた強烈なガス水で、コップの中で沸き返っている。
ガス入りの水を買ってしまったことなど、初めてではなかろうか。
結局私がここまでついてきたのは、「ガス入りだった〜」という訴えを聞いてやる
ためであり、それを始末するべくせっせと飲んでやるためなのであった。やれやれ。