その9:コモ湖からミラノ
朝。起きるとすぐベランダに行き、眼下にある家庭菜園を覗きに行く。
その日は、羊が作りかけの畑で草を食んでいるのが見えた。今日は移動日だと思え
ば、やがてあっち向いて座り込む、羊の丸い背中さえ名残おしい。
食事に行くと、昨日とはうってかわってたくさんのお客がいて、例のごとく、物珍
しそうにこちらを見ていた。席につき、伏せてあったコーヒーカップを持ち上げよう
としたが、カップが皿から離れない。ここの皿洗い機はいまいちらしかった。
4人がけの席の、3つまでもカップが皿にくっついているのを確かめたのち、
よその席に移った。ふと気がついたら他のお客たちが東洋人の不運にウケていた。
ああ、またよその御家庭の夕飯どきの話題になってしまうのか。
生フルーツの方は今日も大盛り。だが、昨日酸っぱいことを発見し、もういいやと
思っていたベリーの一種が、今日は昨日にも増して大量に入っていて、そういうのに
限って、小さくてよけにくいのである。ちょっとくやしい。ウォーマーの上には、
巨大なやかんに入ったコーヒー、紅茶、ミルク。そこだけ給食みたい。
部屋に帰り、部屋で荷物を整理していたら、針をさしてそれごとつねるような
痛みを足に感じて、これは私のスリッパにハチが入りこんでいたのであった。
ミラノ見物でも目論んだのか、それとも日本へ密入国か?
ベッドの下に逃げ込もうとする彼(彼女か?)はもちろん処刑されたが、その時に
例の子連れお掃除おばさんは家具の下の掃除が嫌いらしいということが
判明したのであった。良くみれば椅子の下もホコリだらけだったが、忙しくて気が
つかなかった。
出発するべく、お勘定を済ませようとしたところで、インターネット宿屋の彼が
紹介料金を日本円にして 1500円ほど上乗せしていることが、わかった。なるほど、
あの熱弁は1500円にあたるのか。ま、あそこに泊まるよりは、ずっと良かった。
しかし、未だに彼のことは謎なのである。
宿のおばさん、いえ、マダム、いえ、シニョーラによれば、バスの時間が迫って
いるということだった。あわててスーツケースを持ち、坂を駆け昇る。宿から道に
至るまでカーブが2つあるが、1つのカーブを越えたところで彼方から、バスの
クラクションが聞こえた。きゃーー!!
なるほどバスのクラクションはこんなふうにも使えるのか、って、そんなことに
一々感心してどうする。そして、やがて姿を見せたバスに向かい、私達は高々と
手を挙げて合図してみせたのである。途中までしか行かないバスに。
そのバスは通園バスにもなっているらしく、人間途上の小さいのが一杯座って
いて、珍しい東洋人を、そりゃあもう好奇心丸出しの顔で見つめ続けるのであった。
やがてバスは TORNOの集落の前で停まり、子供達は保母さんと一緒に降りていった。
そして、その後、私達はやらかしてしまったことに気がつくのであった。
バスが停まったかと思うと、人々が続々と降りていくのである。これ、もしかして
乗り換えの雰囲気?人々の後をスーツケース持ってついていくと、ほどなくバスは
来た。だが、乗り換えバスでもチケットを要求されてしまうのである。先ほど支払っ
たと言っても駄目で、おまけに日本のと違って運転手はお金を扱わない。
と、困っていたら、後ろの方に座っていた一人のおばあさんがすっくと立ちあ
がった。そして、夫の背中をポンとたたき、何か言ったかと思うと、まるで小さな
孫や息子にするように、夫の手をひいてバスのチケットを売っているお店まで連れて
行ってくれたのである。バスは昨日と同じ道をくだって行ったが、そこに見える
のは、昨日と同じ風景ではなかった。
コモ中央駅。コモの場合、急行と鈍行が停まる駅が違っていて、いや、中央駅の
方は私鉄なのかな?別に周遊券を買っているわけではないので、関係なかった。
ともかく、その日は来た時と違う、鈍行の方の駅から行こうとしていたのである。
あと15分ほどで発車だが、既に電車は来ていて、来た時とは違い、落書き
一杯の汚い電車だった。
夫、暑いので窓を開けようと目の前にあったハンドルをぐいとまわす。
と、次の瞬間、ぷしゅーーーという音がして、良くみればそれは窓を開けるための
ものではなく、わざわざ、緊急用レバーなのであった。
夫、電車を降りて駅員に知らせに行くのだが、駅には誰もいない。それで線路の方
に行ってみたら、二人の職員が談笑していた。「もうすぐ発車するから、乗ってたら
いいよ〜」ってなことを言う職員を夫、雰囲気で説き伏せ、席まで連れてくると、
これは叱られるか罰金かと思いきや、職員ぱぱっと道具を出してレバーを元に戻し、
「グラーチェ!グラーチェ!!」私達に非常に感謝して戻って行った・・・。
いえその・・・ちがうんだけど・・多分・・・・ま、いっか。
急行は30分だが、鈍行は1時間。車窓の風景は、原野やその中に少しだけ切り開
かれたトウモロコシ畑から、ロンバルディア平原らしい、平らな風景になっていく。
民家の庭にバラが咲いているのが見える。車内は、段々混んでくる。
30分もしたところで、おじさん2人組が向かい合わせの席に、座った。
おじさん達は最初仲良く話していた。もはやお馴染みとなった栗の木など指さし
ながら何か話している。会話の中身は何なのか、イタリア語は、わからない。
おじさん達、そのうち話のネタも尽きたのか、だまりこくった。が。黙っている
のがどうも性分に合わない人というのはいるもんで、片方のおじさん、いきなり
私達に話し掛けはじめたのである。イタリア語がわかるかどうかなんて関係ない。
全ては気合いの問題だといわんばかりである。
身振り手振りで話をするのだが、私達がミラノへ行くと聞くと、「ミラノはこれだ」
と、頬に人差し指をタテにつきつけ、傷の真似をする。危ない、という意味なのだ
ろうが、ヤクザ者、という意味でもあろう。この場合のジェスチャーは日本と一緒な
わけで、これはウケた。おじさんはそして厳かに、「コモはベリッシマだ」と言う。
ベリッシマ、昔、そんなタイトルの映画があった。確か、純粋無垢、という
ような意味だったと思う。「しかし、ミラノは!」そこでまた頬に1本人差し指。
そしておじさんは、財布は絶対お尻のポケットには入れず、前に入れておくように
と、自分の財布を使い、実際にやってみせつつ、2度3度私達に説いてくれたので
あった。
ミラノ北駅。ここから地下鉄に乗り換える。ホテルは地下鉄駅から1分の場所に
あるはずで、地上に出て周囲を見回すと非常に簡単に見つかった。昨日とはうって
かわって、ホテルの従業員はにこりともしない。
部屋に通される。をを、昨日とはうってかわってゴージャス、いえ、ミラノの
雰囲気で言えば普通のホテル。昨日までがすごすぎただけとはわかっているが、高い
天井、広い室内、ベッドカバーとカーテンがおそろいで、椅子は布張りだ〜。
部屋に冷蔵庫はあるし、ドライヤーに、日本語の案内まであって、とりあえず、
物理的には何ら不自由ない状態では、ある。
だが、それで満ち足りることが出来るかといえば、そうでもなかった。
部屋に入って3分後にはホーム・シックの気分に襲われ、なおかつこの場合の
ホームは金沢ではないのだった。