孝行旅行:沖縄編(3)
3日めの朝である。
ホテルの朝食はバイキング方式で、ジュースの中にはシークワーサーやグワバがあり、
「なんだ、ここでも食べられるんだねゴーヤチャンプルー。」「でも、昨日のは昨日ので
美味しかったよ。」といった声が聞こえる一方で、本土風の漬物も用意されていて、
バラエティ豊かである。
今日は南部観光。一般的に沖縄南部がどんなイメージかと言えば、戦跡地帯である。
米軍は中部から上陸し南下した。南は人口も多く、結果、被害が大きかった。
だから海軍壕跡でもひめゆりの塔でも、主な戦跡や記念碑は南部にある。
記念碑の中でも有名なのは「平和の礎(いしじ)」で、沖縄戦で亡くなった人、全て
の名前が記されていることで知られる。戦争のために沖縄で死ななければならなかった
人の名前が、身分や国籍に関係なく全て記されているのである。
そういった悲劇の場所である一方で、南部はきっぷのいい女でも知られている。
北部とは反対に土は肥えていないが地面が平らかで、だから農業の機械化も進んで
いるらしい。戦争は戦争としても、残った人は生きていかなければならない。
というわけで、「平和の礎」にも詣でるが、畑に植わっているのが何なのかで車中は
盛り上がったりもするわけだ。何が面白かったかといって、一番面白かったのは
ドラゴン・フルーツである。
棚をしつらえてそこに何やら肉厚の枝を絡ませているのが見えて、月下美人にも
似たクリーム色の非常に美しい花を咲かせている。それが別の場所では「袋かけ」に
発展し、これまた別の場所ではそのまま実らせていて、そこでやっとドラゴン・
フルーツであると判明。サボテンの実と聞いてウチワサボテンみたいなのを想像して
いたが、むしろ多肉植物であった。ドラゴン・フルーツは最近流行っているのだと
義姉に聞いてはいたが、こんなにあちこちで栽培されているとは思わなかった。
平和の礎に詣で、畑に盛り上がった後は、お買い物であった。
南部の農産物の直売所はどこか。ホテルのコンシェルジェのおねえさんに聞けば
良かったとも言えるし、聞いてもわかるまいとも言える。が、旅行社がくれた地図を
見たら、「花野果村」という文字の横に売店のマークがついていた。これだな。
「養鶏場を改築したんじゃないですかねえ?」と義弟が言うそれは村の人々が共同で
野菜や果実を売っている店で、クーラーなんかなかった。しかし掘っ立て小屋のような
外見のトイレは開けてみれば全然きれい(この表現がぴったり)で、ミニ・マンゴー
からヘチマから何から、断然北部より安い!!どのくらい安いかといえば、ここに
仕入れに来ていたおばあさんがいたくらいである。(^^;)
残念なのは続いた梅雨のせいで今年はマンゴーの出荷が遅れていることだった。
しかし、代わりに買ったミニ・マンゴーは食べてみたら思いの外種子は小さく、味も
大きいものと代わりなかった。店は台の上に生産者ごとに分けて品物を置いてある
だけ、といったものだったが、私達にしてみればこの方が面白い。
収穫をトランクに入れて南部から離れたと思ったら、20分ほどで那覇である。
広い意味で、那覇も南部。そろそろ昼。今回の食事は、公設市場2階の食堂街で摂る
ことになっていてて、市場に向かう。2階に上る前に鮮魚売り場に行くと、あちこち
から声がかかる。「ここの品物は全部、上で料理して食べられまーす!」と、お兄さん。
だが、品物はと言えば、大きな貝とか、変わったカニとか、青やら黄色やらの魚
とか。お腹がすいていても、食べていいのかどうか迷うようなものばかりで、これに
いきなり食欲は湧いては来ない。それでもでっかい貝を記念に食べてみるかという
ことになって聞いてみればお兄さん、「これとイセエビとでですねえ・・」とくる。
「イセエビまでは要らない。これだけ。」ときっぱり言う。
赤ん坊の頭ほどもある「夜光貝」は3500円だった。値段からすれば、南のアワビか。
お兄さんに連れられて上の食堂街に行く。刺身だと料理代は無料だそうで、お兄さん
は、「他にもオーダーしてあげてくださいね。」と言う。思わずお兄さんを捕まえて、
キャッシュ・バックの存在を確かめてみたくなったが、お兄さんは既にあっちの方へ
行っていた。
料理代は無料って、下手な煮物や揚げ物より刺身の方が手間がかかるではないか。
一応、その店に誘導されることによって、店には確実に客が入ることになる。しかし
ここは地元の人もやって来る普通の店で、観光客なぞいっそ邪魔くさいほどにぎわって
いるのだ。値段はといえば、これまた普通で、味も「お菓子御殿」ほどではないが
普通に美味い。
刺身代金は、夜光貝3500円で、割る6人(チビ姪は除外)と考えるとして、問題の
夜光貝はアワビより無名なだけでアワビより大きく、味は巻貝としてはサザエより
アワビらしかった。結局私達は各々タコライスだの何だのを食べ、結果的にお昼ゴハン
に夜光貝の刺身をつけて皆でつついたことになった。貝殻は記念にもらった。
食後は最近出来た免税売店に車を置いて(^^;)、ゆいレールに乗ってみる。
いつから着工されたか記憶にないモノレールは、それでも来るたびに那覇の街に
支柱の数を増やしてきた。が。当事者以外はなんとなくこれが本当に開通するとは
思っていなかったふしがあり、出来たら出来たで、採算がとれなかろうとそんなこと
ばかり聞いたものだ。
しかし、出来てしまったからには乗ってみた。とろとろ走っているようだが、
それでも早い。そして何より面白かったのは、上から間近に見る那覇の風景だった。
建物とモノレールが異常に近いような気がする。街が出来て、ずっと後になって
開通したからか、眺め全体が他人の視線から無防備である。よそんちの屋上の家庭菜園
や、屋敷森?に守られて見えなかった豪邸も丸見え。申し訳ないながらに楽しかった。
同じゆいレールで免税売店に戻る。駅前なので便利である。免税売店には琉装の絵の
ゴディバのチョコレートなんか売っていた。あの絵をつけた時点でゴディバじゃない
みたいである。特筆すべきはオシャレとしか言いようのない建物で、ここが本当に
沖縄かと思いつつ、しかも売ってる品物はゴディバのご当地バージョンだったりして
不思議な気持ちになる。
土産買いは免税品店だけでは済まない。今度は本格的な義理土産買いツアーである。
他のメンバーは「ちんすこう」菓子を買いにデパートに、私は「わした」に直行。これは全国に
ある沖縄物産品店だが、沖縄でここを利用する意味はといえば、「お届け」に慣れて
いるということと、ご当地ものの印刷物やCD、DVDも扱っているということに他ならない。
・・・が、肝心要の目当てのDVD「ナビイの恋」と HAPPY ISLANDの本の7巻
だけがない!!仕方ないのでこちらは銀座の店で買うことにして、なんとなく店を
泳いでいるうちに見つけたイカスミ・カレー、なんてのを買ってしまう。お店では
ちょうど「くじびき」をやっていて、引いてみると、これまたイカスミのカレーを
当ててしまった。(後にこちらは母と妹にやった。)
携帯電話に、「デパートではなくて国際通りの店で買うことになったから、そこで
待ちあわせよう。」という連絡が入る。しかし店は沖縄ツーリストの隣といわれても
問題の沖縄ツーリストが・・・と思いつつ顔をあげると、それは現在立っている
わしたの向かいだった。わしたを出ると、程度こそ違え、いつも渋滞中の国際通りを
つるつると渡ってそのまんま新垣菓子店へ入った。
「つきあいは果てしがないからねえ。」と言いながら母は中くらいのを10箱、
大きいのを2箱、と買っていた。あまりにまとめて買ってくれるので、店の方でも
おまけまでくれる。母、試食までもらって「美味しい。一見の観光客ではここまでは
見つけきれないからねえ。」とご満悦の様子。
夫がさりげなく店の人に「デパートの店がなくなっているようだけど?」と聞いてみる
と、「ああ、あそこは親戚だけど、うちの店とは関係ないんですよ。」と中々なお答え。
ちんすこうは商標登録していないので、親戚ならまだマシだが全く無関係なお菓子屋
さんも普通に作っていて、そして親戚だからといってちゃんとしたものを作って
成功するとは限らないのであった。(^^;)
夕飯。「バッカスの胃袋」に行く。ここも「百甕」と同様地ビールのヘリオスの直営店
で、こちらはイタリア居酒屋みたいな感じである。2階にあって目の前は砂浜、海、
そして沈む夕日の目の前を飛行機のシルエットが続々と空港に下りていくのが見えた。
少し時間が早いので、テラスには誰も客がいない。一通り食事が終わったので、
飽きてうるさくなったチビ姪をそちらに放すよう言うと、夫以外は皆そちらに移動。
考えてみれば酒飲みは私と夫だけなので、満腹した彼らは外でゆっくりする方が
楽しいのであった。
ホテルに帰って、妹夫婦と両親は荷造り。宅急便で送ってしまうのだそうである。
私と夫は持てる程度の買い物だったので、のんきに過ごして、寝た。