金沢伝統野菜的再訪 続
朝、である。食事前に旅館のお風呂に行く。大雑把に身体を洗った後、外のお湯で
半身浴としゃれこむ。外は寒く、温泉は温かい。ぼけっと色々考えながら半分だけ
つかっていると、隣に来るメンバーが次々と代わっていった。
食事の時間となる。普通より、ちょっと品数が多い朝ゴハンといった体で、よそで
食べる朝食としては丁度良い。なんにもない温泉地なので、ここまで来てしまったら
上げ膳据え膳でやることといえばお風呂に行くことだけ。金沢育ちの知人も、子供時代
何かというと湯涌に連れて行かれたそうである。ただ、子供だけに温泉は退屈で退屈で
「だいっきらいだった。」そうである。
それからマイクロ・バスに乗って、出発する。行き先は松本種苗店である。
途中、今は住宅地だが昔ショウガの大産地だった小立野を通る。孟宗竹同様、営利栽培
の北限が金沢だとのこと。金沢から北で消費するショウガの殆どはそのあたりで
まかなわれたそうで、取り引きの日ともなれば世話人は銀行員連れてボストン・バッグ
一杯のお札を数えることになったそうである。
が、それをやっていたある日、事情を知らない人に見られて怪しまれ警察に通報され、
説明してもわかってもらえず、挙句にど〜でもいい罪を着せられてしまったとのこと。
坊ちゃまは、前科一犯?・・・金沢はお上が強いところで、さもありなん、と思う
のは私も警察官と押問答したことがあるからだ。やってきて、非常時の連絡先を書け
というから、いざというときは会社が面倒見るからうちは必要ないと言ったら
長々と会話することになった。今でもあれはなんだったのかと思う。
増泉にある松本種苗店は加賀野菜の種子を扱い、またその保存協力会の元締めで
あるが、その裏の公園は昔測候所だった。今でも大きなサクラがあるが、これが金沢
の開花前線をはかる標準木であるらしい。測候所は今は駅の西側の新開発された土地
に移転していて、開花前線の訪れを伝えるニュースに、知人は「あんなとこにサクラ
なんてあったかしら」と怪しんでいたのである。
それから、サツマイモの品種である五郎島金時の集荷、キュアリング処理場(高温
の後に低温をかけることによって外皮をコルク化させる処理。これでさつまいもが
長保ちするようになった。コルク化と言っても外見食味共に変化はなく、たんなる
温度処理なので、人体には何の害もない。)その後篤農家の畑ときて、内灘のJAの
五億円をかけたという選果場を見せてもらう。
選果場はまるで工場のようにベルトコンベアが1階も2階もつっきってくねくね
まわりまわっている。これが出来るのは大規模産地ということと、JAが強い土地柄
ということなのだろうか。効率的な流通に載せるとなればどうしてもサイズを合わせ
たパッキングが必要となるが、これがあれば生産者の作業の負担が軽くなる。
ところがこれを見たメンバーの奥様は、「やりすぎよねー。」と言い出すのである。
「こうやって、消費者に高く売りつけるわけなのね。」・・・???
はあ?何がどうするとそういうことになるわけ??
やがて奥様の一人は、JAの人に向って、「一つづつビニールに入れたりしてるあれ、
ゴミになるだけで意味がないんですけどなんとかならないんですか?」と言い出した。
JAの人は「自分達だって、やらないで済めばその方がいいんだけど。」と憤然として
答えている。
ええっと、ビニール、とはこの場合2種類あって、多分この奥様が言っているのは、
小売店がやってるアレで、JAが言ってるのは、エチレン・ガスをどーとかして
野菜が長持ちする類の、ワザのあるナンとかフィルムとかいうヤツでは・・・。
長持ちするビニール袋(すいません、名前がわからん)だって、タダではない。
使わないで済めばそれにこしたことはなく、スーパーのパックだって人件費を使って
やっている以上、やらずに済めばそれにこしたことはない。しかし、彼女らが要らない
と言っているそれは、いずれも消費者に渡るまで、野菜を大事に扱うためのものだ。
だが、奥方様はその包装について、言い放つ。「厚化粧は要らないわ!」と。どひゃー。
奥方様はなおもがんばる。畑では、「大根の出荷に際して葉を捨てるのはもったい
ない。なんとかならないのか。」と聞く。そりゃ逆だ。生産者こそが言いたいはずだ。
「大根の葉をつけたまま出荷したいのですが、なんとかならないでしょうか。」と。
それでいいなら、生産者はどれほど助かることだろう。
葉つき大根を処理しるために費用をかけなければならない外食産業もさりながら、
必ず葉つき大根を買って、毎回きちんと葉まで食べるご家庭が、どれほどの割合で
存在するというのだろうか。大根の葉を不用としているのは、生産者でもJAでも
ないのだ。
それだけではなかった。「我々にはドロつき野菜は貴重だけど、ここではドロは
邪魔モノなのね。」「曲がったキュウリも貴重だけどね。」・・・私の感覚ではこの
言葉はもはや逆差別、なのだが。
ドロ付きも曲がったキュウリも、その方が高値で売れるというなら、生産者は
すぐさまそうすることだろう。キュウリに大事なのは、適性な大きさと味だ。同じ
素性で曲がった方を選ぶのってどんな意味があるのか。彼女達にとって、世間は
そんなにバカなのか。
選果場が存在する理由は、「機械化で高い人件費を節約し、結果的に利益を
増やす」という、隣の犬でも耳タコものの手法ではないのか。実際、そうやって余計な
手間をかけて規格を調整し、輸送性を高めたことが野菜の値段に反映するかどうか。
つうか、どうやって反映させられるというのか。
「伝統野菜」は確かにブランドとなり、高値をつける言い訳にはなり得る。
しかし、何故「伝統」野菜にとどまっていて全国版ではないのかを考えれば、高く売ら
ねば仕方ないことがわかるはずである。それは現在の品種とは違うのだ。作りにく
かったり収量がいまいちだったり、傷がつきやすかったりサイズが特異だったりで、
余計に手間がかかるのである。実際、商売にならないという理由で様々な伝統野菜が
滅んできたらしい。
大体、高値をつけたところで売れなけりゃそれこそゴミにしかならないし、そもそも
大事に育てた野菜が高く売れなくてどうする。この人達は、ものを作ったことも売った
こともないのか。自分は高く売っても、他人が高く売ろうとするのは許せないのか。
全員がそう言っていたわけではないのだが、そんな発言を聞かねばならないのは、
いかんせん、辛かった。同じバスに乗せてもらいながら、私は大がつく恩知らず
かもしれない。(毛腿に文句も言ったしな。)が、連れて行ってもらったその先で
見当違いの文句をたれるのは、どーなのか。
午後二時、金沢駅で解散となるが、その前に源助大根と太胡瓜、五郎島金時を
お土産にいただいた。こんなんくれなくても、ゆうパックで注文するのに。
なんつって、ちゃんともらう。
これをぶら下げて近江町市場に行き、小坂蓮根とカニを足した。八百屋さんでは
お姉さんが袋の中身を目ざとく見つけ、「加賀野菜セットや〜ん!」と喜んでくれた。
「ここで小坂蓮根を買い足して行くの。」と答えたのは当然のことだ。
カニを買ったところでは、「大根持って飛行機乗るの!」と驚かれたが。
飛行機だからって、何が関係あるというのか。しかし、重たいことは確かだった。
救いは飛行機からバスで近くの駅まで行ってくれて乗り換えが遠くないことだ。
その日は土曜日だったが夫が出勤日で、駅で待ち合わせてタクシーで帰宅出来た。
鍋の用意をする頃には、重たかったことは忘れていた。
ただ、源助大根の皮の傷つきやすさだけはよーくわかったのであった。
母から電話があって、エビとカニでお腹一杯、夫によろしく、とのことだった。
あんなに小さなカニで満腹するようになったか、と多少暗くなり、そして、夫が
一緒に行かなかったことは、伏せておいた。
おわり