始まりにして後書き
9月となって、やっと人並みにとれる夫の夏休み。
今年は英国だろうと思っていれば、ハワイに行くと言い出したのはまだ金沢にいる
頃だった。原因は池澤夏樹の「ハワイイ紀行(新潮社)」である。古本屋で入手した
それがあまりに面白かったので、その気になったのだと言った。
しかしそうは言ったところで、直前になったらどう転ぶかわかりゃしない。
てなわけで、私はタカをくくっていた。いやあ、まさか本当にハワイに行くことに
なろうとは!!我々を多少なりとも知ってる人ならば、夏休みの旅行先が「ハワイ」
なだととはこれっぽちも思ってもいないはずである。
私も最初は言ったもんだ。「何でわざわざ?」
「わざわざ」という言葉の論拠はどのへんにあるのかといえば、夫が沖縄育ちだから、
というあたりか。沖縄もハワイも同じようなもんではないのか。新鮮味というものが
どこにあるのか。もしかして、あれは先祖がえりかとさえ危ぶんだ。
ハワイに行くと文句たれたら、「ハワイってね、浜辺で寝そべってるだけの
土地ではないのよ?」とひねりの利いた慰めを言ってくれた人もいた。ははははは、
4泊するだけの観光客にそんな僥倖を期待させてはいけない。一見の観光客は
あらかじめ用意された浜辺で寝そべって終わるしかないものなのだ。(それを知る
人々こそが、「沖縄転勤はまだ〜?」と聞いてくるのである。)
悪いのは、池澤夏樹である。そう、私もさっさと「ハワイイ紀行(新潮社)」に
ハマった。池澤夏樹の何がズルい?かと言って、この人が沖縄に移住しているという
ことである。この紀行文は、その沖縄からハワイに「通って」成立したんである。
おかげでしばしば沖縄とハワイの比較が出て来るわけで、多少なりとも沖縄を知る
私にとっては、なんとわかりやすいことか。
ハワイについて知りたい方向は人にもよるだろうが、私にとっては
これだけわかりゃ〜住むより早い、かゆいところに手が届く、爽快な本だった。
これなら自分は本だけ紹介すればよいとさえ思ったものだ。
その土地で生まれ育った人間は、案外自分の土地のことを知らない。
名所旧跡はそこで商売する人にのみ関係があって、土地の人は、訪れることは稀。
土地特有の何かはそういった方向に意識を持つ人間でもなければ、日本全国どこに
でもあるものだと思っているか、でなくばオシャレじゃないイナカの現実、と思われ
ていることが多い。
それをハワイ固有の文化まで話を広げていいのかといわれそうだが、現実には
どうもそうらしい。そして、いくら意識を持とうとしたところで全ての面で詳しく
なることは出来ない。かくしてよそ者&書くことのプロであるところの「池澤夏樹」
によってこそ、沖縄事情やハワイ事情はわかりやすくまとめられ、しかもそれは
現地の人間にも通用することになる。
というわけで、我々は池澤夏樹を踏まえて一見の観光客の王道を行くのではなく、
ちょっとだけでも脇道にそれたかったのだが、結局は観光地の手のうちでうろうろ
してきた以外の何物でもなかった。
だってしょーがないじゃん?
日本人観光客の多いハワイはアラモアナ周辺ともなれば、ホテルにチェック・イン
しようとすればポリネシア系の顔の人に「オツカレサマ」と言われてしまい、
レストランに入れば日本語メニューを渡されてしまう。そして交通機関はと言えば、
日本の旅行社が運営する無料のトロリーは朝から夜遅くまでぶんぶん走り回ってる。
下手な温泉に行くより楽かもしんない。
こちとら旅行と言えば、通りがわからなくなり迷子になってケンカは当たり前、
レストランに入れば思ってたのとは違う料理を食べることになり、日本語で
話しかけてくる人=怪しい人または物売りってなわけで無視するとまでいかなくとも
警戒するのが常識、だったのである。
夫は初日から「あまりに楽なんで、オレは馬鹿になりそうだ。」とほざいた。
(こう書くと旅慣れている人間のイヤミな態度と誤解されるかもしれないが、それは
違う。我々が慣れているのは旅ではなく、失敗の方なんである。そして肝心なのは、
数々の失敗を超えてなお、「楽しかった」ことである。)
もちろん、滞在先がオアフ島だったということもあるだろう。大体がところ周囲の
日本人は概ね若い女の子同士、小さな子供連れ夫婦、もひとつ目立ったのが、気の
強いヨメとその母、そしてすっかり尻に敷かれているムコ殿の組合わせというもの。
こういう人々が休日を過ごす場所として選ぼうとするのが、ハワイの、そのまた
ホノルルという土地なのだった。
おかげで今回は、いつもとは全く違う失敗を味わうこととなった。
はっきり言って、見入りは良かった。しかし、失敗であろう。もやもやとして
はっきりは言えないのだが、どうもその、「是非とももう一度行きたい」という気に
なれない。これがその証拠である。
9月8日