旅の終わり(9)
ハイ・テックなホテルの朝食は、スモークト・サーモンやニシンの酢漬けなど、
割と北の方に近い構成だった。サーモンにはケッパーがついていない。テーブルごとに
置いてあるポットにはひさしぶりにネスカフェでないコーヒーが入っていた。
9時半にホテルを出、トラムでウィーン西駅まで行き、乗り換えて毎度おなじみ
産業科学博物館(夫の好物。世界中のどこに行くことになろうともこのようなとこだけは
クリアしないと、行ったことにならないらしい)に行く。地図で見るとそれは
シェーンブルン宮殿に徒歩で行ける距離にあった。
私にしてみれば科学博物館なんてロンドンだろうがウィーンだろうが一緒で、違うのは
展示の規模くらいだ。ロンドンよりはウィーンの方が小さかった。そして、博物館の展示物の
説明はドイツ語であるくせに、「さわるな」だけは英語で書いてあった。
私は夫を放して椅子に座って本を読みながら待った。
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以上、ウィーンでの話で、メモによると「さわるな だけは英語だ」という言葉で
終わっている。この後私たちはマリー・アントワネットやらシシィで有名な
シェーンブルン宮殿にも足を運んだ。どちらもあまり幸せな生涯を送っていないが、
当時の王族の殆どは幸せに生涯を送れていないから、それは仕方がないような気が
する。彼らの幸せにせよ不幸にせよ、いずれにせよ王侯貴族のレベルの中では人並みの
ものだったにも関わらず彼女たちが有名になった理由は「美人だったから」である。
ウィーンでは、いわゆるザッハ・トルテを買うためにザッハ・ホテルにも行った。
それまで会うこともなかった日本人が沢山いて、同じようにお土産を買っていた。
「この小さいのをふたつ下さい。」って、今思うと「小さい」が余計である。が、ここで
買うと10ユーロだったケーキも空港では14ユーロになるといずれ判明したりする。
ザッハ・トルテがいまいち美味しくない、なんてのは余計な話。
高級スーパーで、かごに入れたマジパン(アーモンド粉で作った)菓子の詰め合わせ
も買う。これは食べてもおいしいが、リアルな果物のミニチュアでもあるので、
それがまたかわいらしいのである。妹にもお土産にあげたが、妹はあまりに友達が
うらやましがるので未だに食べられないのだと言っていた。そろそろ丸1年になろうと
しているのだが・・・。
夕食はホテル近くの、WILD と記されたレストランに入った。
野獣料理が味わえる店、という意味なのである。で?私達は独語がわからないので、
私が絵を描いて見せた。何の絵か。鹿だ。本当はウズラも食べたかったが、ウズラを
描くには私の筆力が足りなかった。鹿はその点簡単であった。4本足に角だから。
夫はキジを注文したが、こちらはいまいちパサパサしていておいしくなかった。
私の鹿はおいしかった。敵さんの話によると、子鹿と成鹿とでは料理も値段も違う
らしい。子鹿をドイツ語でなんというのかと言えば、「バンビ」と言う。だめ?
翌朝、空港に行く時間までには少々時間があったのでホテル周囲を散歩した。
マリア・ヒルフナー大通りに向かう途中の舗道に、誰かが犬フンに1mも滑った痕が
あった。踏んだだけならいいが、それによって滑っている。滑った挙げ句に転んだのか
どうかはわからない。ただ、その人は一日不機嫌だったに違いない。1mほども続く
犬フンの痕に、ウィーンの思い出の「THE BEST」は決まってしまった。
それから後のことはろくに覚えていない。
手配したタクシーが来て、その車の中から晩秋のウィーンを相手に旅情に浸った、
そうこうするうちに空港について、20時間後には自分達の家で時差ボケに困っていた
のである。
このときの旅行の、何が良かったかと言って季節が良かったと思う。
紅葉のプラハほど美しいところはないのではないか。プラハでイヤだったことは、
世界中どこの世界遺産でも同じように存在しているだろうと思える。私としては
観光地でない方が楽しい。ギリシャでも、アテネーよりは近郊のピレウスの方が
面白かった。
私たちはクトナー・ホラまで電車で行ったが、帰りのバスの方がずっと面白かった。
ヨーロッパ全土、バスを乗り継いで行けるものならばそうやってみたいものである。
チェコ名物「ガルーシュ」はチェコ版ビーフ・シチューと訳すには肉が少なかったが、
考えてみればそんなに潤沢に肉を入れられた時代の方が少ないはずなので、もしかして
肉が少ない方が「ガルーシュ」らしいのかもしれなかった。
チェコの人々はガルーシュで身体を温めつつ、お腹をふくらませるのは小麦粉で
作ったダンゴのクネドリーキ、らしい。ゴッホは農民の家族がジャガイモだけでお昼を
済ませる絵を描いているが、大概の日本人だってその昔は米と漬け物だけで過ごして
きたのだ。
こいつらは何を食って生きてきたのか。何をココロのよりどころにして生きてきた
のか。旅行のたびに、周囲を見回すたびにいつもそれを思うのだけど、観光地ほど
対外用のそれを完璧に用意しつつ、本当のところは隠してしまうように見える。
それでも旅は、これからもすると思う。