プラハからウィーンへ(8)

 朝起きても、前夜拾ったパイナップルは枕元で健在だった。
例のごとく、ヘンな構造の食堂でネスカフェを飲みながら朝食をとった。
部屋に帰ってウィーンに飛ぶべく荷造りをして・・それはいいのだが、パイナップル
はどうしたのか。夫がガイドブックをめくってメモ用紙にチェコ語で「ありがとう」と
書いて、文鎮がわりにその上に置いて出てきたのである。この部屋まで運んできた
意味はどこにあるのか。よくわからない。

 午前9時。エアポート・タクシーの発着所は目の前である。既にそこには見知らぬ
西洋人観光客がいて、トランクをひきずる我々に「ここですよお」とばかりに手を
振ってくれていた。それで私はにっこりと挨拶しつつ、今度は別の、彼方からトランク
ひきずってやってくるどこかの国の女の子に手を振る役をしたのである。

 問題は、エアポート・タクシーが来ないということであった。
時刻表をにらみながら待っているとエアポート・タクシーの職員(身分証明書を
首からかけていた)がやってきて、「私が案内するから着いてきなさい」と言う。
限りなく怪しい状況ながら、我々の他には二人の「若い」道連れもいることだしと
着いていく。するとそこには、ちゃんとエアポート・タクシー(10人乗りワゴン車)
がやってきていたのである。

 後で聞けば、「今日から発着所が変わった」のだという。そんなこと言ったって、
新年度というわけでもなし、「10月26日の水曜日」というこのうえなく意味のない平凡な
日付でそんなことが行われるとはこちらは夢にも思わない。混乱した。

 が、混乱していても30分で車は空港に到着。
プラハからウィーン行きの飛行機は相変わらず小さかったが、今回は50人くらいの
乗客がいた。チェコの免税売店で思いがけなく自分は天才ではないだろうか、と思えた
の、1コルナも残さずお金を使いきったときだった。あれは今でも自慢である。
バカみたいと思ったらやってみるがいい。普通、そうはうまくいかない。

 また、ウィーンである。そのまんま日本に帰りゃいいものを、オーストリア航空を
選んでしまった手前、ここでまた2泊もしなければならないのであった。
税関を出ようとしたところでとんでもない事が発覚。夫がウィーンのホテルの住所
など書いたファイルをなくしているのに気がついたのである。チェコの空港で??

 夫はホテルの名を「フランケンシュタイン・ホテル」と呼んでいた。
「そんな名前あるわけないじゃーん」と笑いながら、「ほら、やっぱり違う〜」と確かめた
ところまでは私も覚えているのだが、その、本当の名前の方をは覚えちゃいない。

 困り果てる夫の目の前を横切ったのは、韓国のおねーさんの3人連れだった。
彼女らは案内所に歩み寄って行く。夫はその後を着いていった。私はどうしてたか
と言えば、トイレに行ってたのだが、出てきたら夫の方がすっきりした顔をして
いて、「わかったよ」と言う。

 聞けば夫は案内所で「フランケンシュタイン・ホテルの場所を知りたいんだけどー」
とお願いし、おねえさんはその鼻モゲラに笑いもせずパンフレットを出して夫の前に
広げ、「これ?」。これがまさに「これ!」で、問題は解決したわけなのだそうで。
ちなみにフランケンシュタイン・ホテルの本名は「ファルケンシュタイナー・ホテル」
というものであった。・・・ドイツ語ってカタカナに近いんだろうか。

  空港内のタクシー案内所は、見ようによってはアールヌーボーだが、見ように
よってはサイケデリックな不良模様ともいえる装飾をあしらってあった。そこで
お金を支払ってチケットをもらって待っているとやがて運転手がやってきて、何が
起こっても不思議ではないように見える物陰のような車置き場までつれていかれ、
メーターのない車に乗っていくことになる。

 前回通ったのとは違って巨大な霊園の横なぞ通り、それでも30ユーロ。
ファルケンシュタイナー・ホテルは新しくて近代的で、なんだかデザイナーズ・
マンションみたいであった。現代アートの置物なぞがいくつも飾ってある。
部屋はといえばカタログのような低いベッド、洗面台は丸い大きなお皿、である。

 荷ときをしてから、散歩に出た。前回のホテルやプラハの繁華街とは様子が違い、
ホテル近くのウィーン西駅からまっすぐのびているマリア・ヒルファー通りあたりは
池袋の雰囲気に近い。お店は海外ブランドではなく国内ブランドで、店によっては
長崎屋って感じなのだ。

 散歩しながら、レストランのあたりをつける。
驚いたのは、パリでは高級すぎてあまり多くないはずのジビエ(イノシシ、鹿、キジ
など)を出すレストランがあちこちにあったことである。しかし夫はせっかく
オーストリアなのだからと、初日はビア・ホールを主張した。

 ちょうどガイドブックにはホテルから徒歩圏にある有名ビアホールが載っていた。
8種類もの自家製ビールを飲ませるらしい。てなわけで、我々はなんとか道に迷い
ながらも探しあてることとなったのである。店内は広く、ぼやぼやしてたら何にも
ありつけない雰囲気。それでもようようおねえさんをつかまえ、私はターフェル
シュピッツを食べたが、夫は何を食べたやら記憶にない。

 ちなみにターフェルシュピッツとはフランツ・ヨーゼフ皇帝が好んだと言われる料理
で、牛肉を長々とゆでて薄く切ったもの。リンゴとホースラディッシュをすりおろした
ソースで食べることになっている。絢爛豪華、というよりは素朴な料理である。
フランツ・ヨーゼフって質実剛健みたいな人だっけ。この料理を日本に変換すると、
サンマの塩焼きみたいなもんではないのか。大根おろしを添えるし。

 夫は肉の盛り合わせみたいなのを注文したと言っているが、手帳を見たら
「ビール屋で大量に食べる。37ユーロ。」としか書いてなかった。
そこから帰る道すがらに、雑誌やらお菓子やら売ってる小さな店で明日用の
一日乗車券を買った。