プラハ4日目
未だにプラハにいる。
夫はこの日を、街歩きの日と計画していた。朝食後、モルダウ(ブルダバ)河の
遊覧船に乗るべく船着き場に向かう。今度は河から景色を見ようというわけだ。
プラハは狭いが、それ以上に我々のホテルは便利な場所にあった。
遊覧船で思い出すのはトルコである。ボスフォラス海峡を巡る遊覧船に乗った。
夫は双眼鏡を同じ船に乗ったトルコ人達に貸してやり、お返しにタバコを勧められて
往生した。今回の場合、同じ船に乗ったのは中国人ご一行様であった。最初の頃は
誰しも眺めに感嘆し、黙りこくっていた。しかしどんなに美しい眺めでもそのうちに
飽きる。やがて彼らは音楽を鳴らし始め、ウィスキーなぞ開け始めたのであった。
まるで、日本人のおっさん達の温泉旅行みたいなんだけど・・アジア共通?
船着き場からすぐそばの聖アネシュカ修道院に入る。聖アネシュカは聖アグネスでは
ない。(てっきりそうかと思っていたが)ヴァーツラフ1世の妹で、普通なら政略結婚
させられるところを修道女となった。彼女は母親からもらった土地に修道院を建立、
修道会のシステムを作るなどしてプラハの人々に尽くし、死後は聖人として列せられた。
で、その彼女をお祀りした修道院は美術館を併設しており、中身は彼女が活躍した
13世紀からの木彫のマリア像や宗教画なんぞである。中世の宗教画の人物は元々
うつろな宗教視線(?)で表現されている。そのうえ元々このあたりは寒いから虫に
食われることは少ないながらに流石にそれなりに劣化していて、そのボロけ具合が
なかなか怖い。13世紀なんかに生まれなくて良かった。生まれてたかもしれないが、
それならそれで、覚えてなくて良かったと思う。
修道院を出ると、昼である。道すがらのイタリアン・レストランに入る。
私は気に入ったメニューがなかったのでアラカルトの中から選んだが、夫は定食を
注文する。当然私の方が高価な食事となる。給仕のイタリア男、あきれた顔で私を
見る。おほほほほ、大日本帝国の婦女子はイタリア人なんざ想像もつかないほど
大事にされてるんざます、なんつって。
それから半日、私たちは旧市街を歩き回った。僧服の真っ黒い修道士が街角に
立っていたりなど、旅情はひょんなところに潜んでいた。驚いたのは Botanicus
なる、アロマ系のロウソクやら石けんやら複製の古い植物画やら売っているお店の
外にバラ模様のドレスを着た、日本人の「ゴスロリ」がいたことであった。
金髪にして縦ロールの彼女は、美人ゆえにハマりすぎて幽霊みたいだった。あれは
あれで旅情、かもしんない。というか、あんなシワになりそうな嵩張りそうな服、
荷物に入れるの大変だったろうなあ。
別のカワイイ物屋さんにも入って土産物を見つくろったが、店を出たところで
夫が帽子を落としてきたことに気がついた。夫、きゃーと言って店に戻ったが、帽子は
もはやどこにもなかった。いくらなんでも洗わなきゃーダメだろうといった状態の
帽子だったが、これで手間が減ったと言っていいのだろうか??
デパートにも入ったが、どうやらチェコ語では紳士用品は 「Panske」と書くらしい。
発音すると、終戦直後のヤバい言葉になってしまう。面白いので夫に向かって、
「Panske で何か買わなくていいの?Pannskeで!」と連呼して顰蹙を買った。
中国人は「cinska」と書くのか、夫の要請でナイフ専門店に入ったら「おお、チンスカが
来たぞ!」と店のオッサンに喜ばれてしまった。(それだけならともかく、日本人と
知るとナイフ屋のオッサンは「トラ、トラ、トラ、バンザーイ、バンザーイ!これ、
映画で覚えたんだ。」とかなんとか言いやがった。(意訳なので?どっか重大な
思い違いをしてる可能性も捨てがたいが、この程度の話ならたいした問題もなし?)
そうこうするうちに夕方で、またホテルに帰ってからそれなりの時間に食事に
行った。昨日夫が見つけた、ちょっとひっこんだ小路に古文書みたいなメニューが
貼ってあるレストランであり、それは建物の中をうねうねと進んで行かなければ
ならないのだが、夫は驚いたことにすたすたと迷いもなく進む。野生のカン?
レストランの席に座ると夫は、「ブラック・ビアがほしい」と言ったが相手はそんな
ものはないと言う。だけどビール圏の国の店に黒ビールがないわけがないし、昨夜の
店にだって・・と思ってるところに別の給仕が黒ビールを持って登場。「あれと同じ
のが欲しい!」と言ったら、「ああ、ダーク・ビアね」。
だーく・・・そして、ぶらっく。二つの言葉の間には深くて暗い溝があったらしい。
そんな溝なんて、私らが知るもんかー!と、異国をかみしめながら給仕の英語を必死に
聞いて、しかし不便ながらにここの料理は最高だった。美味な上に量がすばらしく
多い。食べたのはガチョウとサーモンだが、このガチョウが!!あまりに濃い感じの
メニューにびびってないでさっさと入れば良かった。
この旅行では、何度も肉料理のつけあわせたるジャガイモの料理方法を選択せよ、と
言われてきた。何を選ぶにせよジャガイモは皿に大量に載ってきて、だから
日本に帰ってもしばらくの間、肉にはジャガイモを大量につけなければいけないような
気がしていたものだ。ほんと、どっちがつけあわせかわからないくらい大量だったが、
本来的にはそういうものなのかもしれない。つまり、大量になければつけあわせでは
ないという・・・??刺身のツマも、けっこ〜大量にあるし。刺身本体よりずっと。
この店はビールもおいしかった。たらふく飲んでたらふく食った。
それで、どうなったかと言えば私はこの店にバッグを忘れた。ホテルに到着する直前に
気がついたが、夫は「珍しいなあ、おまえが。」と、そっちの方に驚いていた。
つまり、バッグを忘れるのは私がやるタイプのドジではないのである。
めでたいことに店の人はにったりと笑ってバッグを返してくれた。(たいしたものも
入れてなかった)やれやれと、今度こそはのんきに歩いていたら。「イヌフンに
気をつけろよ!」(そう、どっちかと言えば犬フンを踏む方が私のタイプなのだ)
とうれしそうに号令をかけている夫が、「おい、あれは一体何だ?」という。
そんな、問題になるような犬フンが存在するのかと見れば、それは犬フンではなくて
パイナップルだった。舗道にパイナップルが一つ、落ちていたのである。なんでプラハ
でパイナップル??神はこれを我々にどうしろというのか??通りがかった人に
言って持ち帰ってもらおうと考えたが通る人全てが1つ手前の角を曲がってしまう。
夫がパイナップルを抱いてホテルに入ると、何人もの客が驚いて見た。
ほったらかして帰りゃいいのに、なんで持ち帰るかなあ。
翌日はまたウィーンに飛ぶ予定なのである。