ウィーン初日

 あちこちで様々な朝食をとったつもりでいても、違いは結局はホテルの格による
ビュッフェの中身でしかない。クロワッサンとゆでたまご、の朝食はローマだったか。
ウィーンの最初のホテルの場合はもう少しマシだった。

 ハムやチーズが並んでいて、温かいのはソーセージとスクランブル・エッグ。
パンはクルミなどが入った黒パンや、大きな大きなクロワッサン、デニッシュ。
トーストはなくて、私はクルミが入った大きなパンをガシガシ切って皿に載せた。
コーヒー・ポットはミルクと共に各々のテーブルに載せてあるので各自自由に飲む。
朝早いので、人間の数は少なかった。

 部屋に戻ってだらだらと身支度をする。外気温は15℃であるとTVの天気予報が
伝える。関東地方で震度5の地震があったことも伝えていた。この地で見る揺れている
映像が多少間抜けに見える。東京は20℃くらいだった。慣れてないので寒い。
窓から外を覗き見ると、皆コートを着ている。それでこちらもシルクの婆シャツ(!)から
始まり、真冬のような格好をした。

 ウィーンの繁華街を見に行く。地下鉄駅で1日乗車券とやらを買うが、これが
全き「一日」乗車券で、24時間有効。そして1枚でバスもトラムも地下鉄も使える。
コレが常識のオーストリアから日本に来たら、さぞ辛いだろうなと思いつつ
とりあえずは地下鉄で銀座の和光みたいな聖ステファン教会を目指す。地下鉄は
紅葉で彩られたドナウに沿って走り、それからやがて本当の地下鉄となった。

 一度だけ乗り換えがあるが、ウィーンの地下鉄はあまり入り組んでなくてわかり
やすい。聖ステファン教会は、あまり感動しなかった。教会で涙のスイッチまで
入ったのはヴァチカンだけだ。(何故泣けたのか??)教会の横出口から出ると、
草食動物系尿臭がする。それもそのはず、観光用の馬車だまりとなっていた。
金沢では人力車だったか?いっそ京都も牛車を運行すればいいかもしんない。

 ウィーン銀座、とも言えるケルトナー通りを歩く。ウィーンに来たら、誰もがここを
歩き、カフェでお菓子を味わい、お土産を買うらしい。カフェには入らなかったが、
人並みにスミレの砂糖漬けを買った。フランツ・ヨーゼフ皇帝の后、エリザベートの
好物だったとのこと。小さな小さな箱には、エリザベートの顔が印刷されている。

 このエリザベートは人気があって、どこがいいのか日本では宝塚の芝居にもなった。
どうせ女なら偉いのはマリア・テレジアとかエリザベス1世の方だと思うのだが、
人が必要とするのは偉さであっても、好むのはそっちではないらしい。

 寒くてジャケットで足りなくなった夫は、その上に着るものを買うと言い出した。
洋服はいかな安くても仕立てに関してはあちらに一日の長があるもので、夫はいつも
何やら買うことにしている。私は私で、その方が安く済むのでやぶさかではない。

 買い物のついでにデパートのカフェで昼ゴハン。私はパスタで、夫はウィーン名物の
ウィンナ・シュニッツエル(肉を平たくたたいてパン粉をつけて揚げたもの)で、
そして水を注文。値段は20ユーロだから、大体3000円。値段は銀座だが、銀座の同じ
クラスの食事よりは美味い。それで私達は急遽、昨夜の食事を後悔しはじめたりする
のである。「もっとちゃんとしたもの食べておけばよかったよねえ」、と。

 次は王宮でも行ってみっか、そちら方向に歩く。ところが、王宮前広場には何やら
カーキ色の大きなものが沢山陳列されている。これが何故かオーストリア軍で、近く
ショウだか記念日があって、そのための準備をしているらしい。夫、走って行って
写真を撮りまくり、時には言葉が通じぬ同好の志とにっこり微笑みあったり。
なんか、公園に犬コロを放した気分。

 王宮と言っても、王宮らしい王宮はシェーンブルン宮殿の方で、こちらは建物を
利用して様々な博物館や美術館になっている。自分の趣味主張によって右に入ったり
左を目指したりするわけだ。その日は軽く?自然史博物館でも見ておくか、となった。

 博物館は、鉱物、化石から始まって剥製までありとあらゆる標本がどこまでも
どこまでも続いていて、見ごたえがあった。19世紀の特権階級におけるオタク世界を
見たのである。現在のオタク(マニアと書くべき?)は特権階級である必要はなく、
必要なのは「覚悟」だけである。

 地下鉄を使ってホテルに帰ろうと思う。
だが駅前には「アウトレット」とやらの看板があって、そこに入る。男モノも女モノも
あって、夫のセーターを買う。ウールだが、大体2000円くらい。それでは私のモノを
と思った途端に夫、「さあ、帰ろう!!」・・・お店の女性が、さもありなんといった
顔で見ていた。

 こちらにしては夕食の時間だが、しかしそれは夕方6時である。
ホテル近くをぐるぐる回って、なんとなく決めたイタリアン・レストランは、しかし
入ってみたら薄暗かった。入り口はパブのようで、奥がレストランになっている。

 壁にはかの「楽園追放」の模写があるが、感心するほど下手だった。神様は邪な
視線でアダムを見ているし、アダムの顔は追放されても致し方ないと納得するほど
自堕落、天使もすっごく意地悪そう。見なきゃいいだけの話かもしれないが。

 夫は子羊、私はスカンピを選択。夫が「スカンピって何だっけ?」と聞くので
「シュリンプ」と答える。ところが、それまで明るくひたすらすちゃらかちゃんちゃん、
みたいだった給仕がいきなり、「スカンピはエビとは違うのである。しかし、まあ
大体エビと思ってもそれほどの間違いではない」と真剣に主張。それを日本語の名詞に
置き換えますと。つまり。食べる前に思い出すことが出来た。ザリガニ。

 メイン・ディッシュのつけあわせはいわゆる「ゴハン」で、ちゃんと美味しかった。
悪いのは壁画の人相だけだった。夫だけ、ワインを注文する。初日からそんなに
トバしていいのかと心配していると、見る間に必要以上に楽しそうになっていった。
チップも入れて、ぜんぶで40ユーロ。

 「・・・だって美味しかったんだもーん。」とは後日の夫の言い訳である。
いくら5年ぶりのヨーロッパ旅行だって、大学で教えたこともある人が、こんなんで
いいのだろうか。その後夫は以前の旅行による様々な外貨を持って両替することに
なるのだが、古い香港、台湾ドルが出て来るに至っては両替商のおねえさんも笑いを
こらえてくれなかった。何故、ウィーンで台湾ドル?