成田まで、そしてウィーンへ(1)
作品は展示会につっこんできた。知人の個展も見てきた。(友人にも勧めた)
診断書をとった。街頭で配っているポケットティッシュを20コほど集めた。
さらに植物の水やりをお向かいにお願いした。スーツケースに着古しを詰め込んだ。
もちろん、着古しでないものも入れた。足の裏用の湿布薬もビタミン剤も入れた。
パスポートも受け取った。(出発前日に!)
というわけで、我々はオーストリア航空の客となって、一応、ウィーンに向かう
こととなったのである。にしても、色々忙しかった。淡々と無表情だった医者は
「英語でも通じると思うんだけど・・」と、言葉尻を濁したし、だからといって診断書は
あくまで診断書で「診断書」という言葉じたいは英語で書いてあるわけではなかった。
パスポートは直前になって残り日数が3ヶ月しかないことがわかり、あわてた。
旅行会社は平然と、「どこへ行くにせよウチにお申し付けください。」てなことを
言ったものである。確かに、ウィーンだけなら3ヶ月で十分だったのだが、我々は
プラハにも行くことになっていて、そちらは半年の有効期限が必要だったのだ。
間に合ったのは、幸いであった。
成田からウィーンまで11時間と半分。飛行機はエアバスとやらで、2列4列2列
という並びだった。ジャンボ機で真中の席になった場合、窓際でさえも3列である
ことを考えればそれだけでうれしい。同じ飛行機には「陸上自衛隊冬季戦技教育隊」
という名札をつけた若い女性の一群も乗ったが、彼らにとってはどっちでも関係
なかったかも?
機内の最初の食事はウナギかビーフかというもので、飛行の半分くらい時間が経った
ところでチキンラーメンかサンドイッチという軽食が出て、着陸2時間前にこれまた軽食。
そしてエコノミー・クラス症候群のせいなのか、頻繁に飲み物のサービスがあった。
ウィーン到着は、現地時間の午後3時45分だった。
最初のホテルは、中央駅ともいうフランツ・ヨーゼフ駅の近くにあって初めて行く
我々でも間違いようはない。が、疲れているのに、大荷物を持って電車やトラムを
乗り継ぎ、読みにくい異国の通りの名を探すとなると話は少しばかり違う。
他の国ならともかく、ウィーンの場合は空港と市内が近い。そして、市内までの
地下鉄とトラムの金額を二人分合わせるとタクシーで行くのと大差ないのである。
それならとタクシーに乗る。車窓から見たウィーンは紅葉が始まっていて、ホテルには
1時間ほどで到着。大体、35ユーロ(1EU=138円程度)であった。
荷物を置いて、外に出る。吐く息が白い。関東より1ヶ月先の気候を想定して
荷物を組んだものの、慣れていない身には余計寒く感じる。しかし、閉じこもっては
いられない。まず、駅に行く。ホテルは駅の向かいである。駅の建築を見るのは夫の
好物、であるがウィーンの駅は別にアーチ型であるわけでもなく、入り口も普通の
現代建築で、なんだかつまらない。ただ、必要なものだけが揃っている。
自動引き出し機で預金をユーロで引き出す。
雑誌売り場を見、夫が天文雑誌を買う。駅の周囲を一巡りし、そしたらもう旅の疲れで
ヨロヨロである。以前、同じような日程でアムステルダムに入ったときには食事に行ったが、
機内で出た食事でそれほどお腹は空いていない。駅のスーパーで何やら買って部屋で
食べようということになった。
サンドイッチやビール、水をカゴに入れる。水はガス入りの方が多い。
ヘンなもので、スーパーの品揃えやその量で、やっと外国に来たという実感が湧いた。
リンゴが小さい。肉が大きい。乳製品やハム、ソーセージの種類が多い。驚くこと
には、紙パック入りの煎茶が売られていた。
ホテルの部屋で、お湯を沸かす。
英国だけが、ホテルの室内で熱いお茶を飲めるように設備を整えてある。英国だけだ。
それがわかった時から、電気ポット(200Vでも使える)とお茶パックは旅の必需品である。
出来たお茶は水道水の石灰分でなんだかかんだかみょーな味だったし、容易には成分が
沁み出て来なかったが、それでも温かい。
お茶もビールもちゃんと飲んで?9時にはベッドに入った。
12時、2時、4時、と目が覚めて、午前4時から後は眠っていると思い込むように
してベッドの中でごろんたごろんた転がって6時を迎えた。
朝食時間が始まるまで、あと30分ある。