たねまき100本できるかな
年間100種類と決めた種蒔きは、春のうちに80種類を達成しそうである。
最初は危ぶんだが、小学生クラスの花も野菜も数に入っていて、やってみれば
大したことはなかったのであった。そう、蒔くだけならば。
蒔き始めたのは4月上旬。当然、現在、出るべきものは発芽している。
間引きまくったり、間引くのがイヤでぐずぐずしてたりで。もちろん、小学生クラス
の花は概ね間引き系となり、プリムラやカンパニュラはぐずぐず系となる。
このうち、小学生クラスの草花の殆どは、御近所の奥様方に提供することになる。
矮小のジニアだの、何故買ったのか記憶していないクッション・マムだの、この程度
なら、小苗からでも育てきることが出来るだろう。こちらとしては全部育てあげて
遊びたいのだが、場所が少ないので致し方ない。あえて小苗で渡してあげよう。←?
植物の世界を少しでも広げる為に、これは一種の社会参加であるとまで話を広げ
・・・そうすると、御近所の奥様方には小学生クラスの花となる。だって、難しい
のをあげてイヤになられたら後々困るし〜。是非、ありがたく提供され続けて欲しい。
お互いのためであるし、植物のためであるし、環境の美化にもつながる。多分。
それより何より大事なのは、とにかくちゃんと管理、記録するということである。
大体、エクセルに入れようって時にも既に溜めこんでいたし。・・・ははははは。
いずれ、定植の用土、置き場所といった話にもなり、何年後に開花して、
その後どうキープしたか、と続くことになるのか。
モノによっては、ヤメどき、あきらめどきと言った話にもなるのだろうか。
1年草とか2年草とかいうが、なんたってこのワタシには4年草を咲かせた経験が
あるし、咲いたならまだしも、蕾のままで5年草、というのもあったのだ。
と、そこで思い出したのだが。5年草になる可能性のある苗も、それなりに
誰かに押しつけなければならない。うちで5年草でも相手によっては3年目に
開花したところで披露してくれて、うちで咲く頃には飽きはててたりするかも
しれないが。
ま、そんなことは良くあることのようで、こういう場合はそんな相手が
もらってくれたことを喜び、自分も育てつつ相手のところで咲くのをさりげなく
待ち、しかる後にどうやったか教えてもらっちゃうのが正しい。
つまりこれが、負けても官軍ということだ。
いつまで続く能天気ぞ?
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相変わらず、オーリキュラがはかばかしくない。
グリーン・エッジドが平開しないという話は聞いていたが、それよりなにより
例えばアルパイン種でさえも開花率が低い。小苗で更新すると生き残る率は高いが、
翌年開花するとは限らない。ここに来て丸1年ということもあるし、馴化する途中
だとしても、ぜ〜んぜん!はかばかしくない。
腕っこきの知人達は、相手が私なので、「やまくさで買ったのなら、ちゃんと
咲くよ。」と教える。言われてみれば、確かに今年咲いたのは「やまくさ」で入手した
分なのだが、私としてはそれって、ちょっとつまらないような気がする。
で、うまくいかないままに何か面白い手はないものかと考えていたのだが。
最近、「やまくさ」で入手したストライプ種、「Arundell」の株に種子がついているのを
発見した。この「アランデル」は、ストライプ種ながらにグリーンの部分が多く、
しかもちゃんと平開している。
するとどうなるのかというと、若く美しいオバサン(^^;)の無手勝流種子蒔きが
始まることになる。そうでなくとも、今年もボーダー種の種子を蒔いたから、来年は
ピンの花が腐るほど咲くはずなのだ。
(ちなみに去年蒔いた分は、久しぶりの種子蒔きにして環境が変わったばかり
というわけで、大事にしすぎて肥培の方に失敗した。するとどうなるか。経験に
よれば、秋に咲く。これでは交配もなにもあったもんじゃーないっす。はい。)
色々涙ぐましい話が続くが、暖地でのオーリキュラ栽培とはこんなもんなので
ある。どーだまいったか、てなもんで。ほんとにもう、まいってます。ええ。私も。
場所?足りないに決まっている。
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ヘンなところに気を使う、真面目な人々がいる。
例えば、ビオラの花がらつみをせずに、早々と処分してしまった人がいて、それを
申し訳なさそうな顔をしてみせたりする。
思わず、言いそうになる。「それは結局、丈夫で体力ある若いうちにちゃっちゃと
子孫を残せたということなんですから、どちらかといえばビオラにとっては
その方が好都合で、逆に私がやってる花がらつみの方が、残酷なことなんです。」
「そりゃどういうことかと言いますと、ツバメの巣みたいなもんで、アレはツバメ
が巣を作るが早いか、人間がさっさと採ってしまいます。最初の巣が一番丁寧で、
一番高価です。で、ツバメは頑張ってまた巣を作りますが、人間はまたそれも採って
しまいます。それを繰り返して、最後にはもうヨレヨレの巣になって、そうなると
売り物になりませんで、やっとお終いになります。これって、花がら摘みに
似てませんか?」
「ビオラだって、余計な体力使わせられない方がありがたいに決まっています。
種子を蒔いて、生命に具体性を持たせられるのは私だとしても、咲くのはうちより
お宅である方が、ビオラにとって都合が良いのです。」って、そこまで言って
いいのか。そして相手に素直に納得されたとして、うれしいもんなのか。
元々処分するしかない苗なのだし、結局園芸植物は人間のおもちゃでしかないのだ
から、咲く場を与えてくれるだけで十分なのです、こちらもそれ以上のことは期待
していませんと、そこまで言って相手は気を悪くしないものなのか。
ここにあるのは、一般的な良識から来る、たんなる本末転倒である。
もう少し穏当な言い方を考えないとなあ・・・。
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ミニ・ボーダー花壇。
というか芝生をはがしたあとに、植えたら咲きましたというか。
ビオラ以外は、青と白のミックス種子から苗をお手当て。他に球根も加えました。
咲いたのは、クラーキア、アリッサム、イングリッシュ・デイジー、ネメシア、
ルピナスなどなど。クラーキアにからんでいる線香花火のような花の名前が
わからないのが問題・・。