にわにはにわの

4月、通りがかりの人に「あらやだ、畑みたいな庭!」と笑われた庭は、6月を
迎えて本当に畑になった。今年は雑草チェックと決めて、地植えを野菜と1年草に
したからである。実際、更地にするために表土をけっこうな深さまで取り除かれた
はずなのに、それでもドクダミとヤブガラシは残っていた。

 家の南と東側にあったはずのドクダミなのに、重機が入った時に根が運ばれたのか
北側からも生えてくる。ヤブガラシ(毎度おなじみ貧乏蔓)も、東と北にあったはず
なのに南からも生えてきた。そして、その上から入れてもらった土からはあの、
スギナまでも生えてきたのだ。うう。

 どんな雑草も10cmになる前に根っこから堀り取る、という決心はいいのだが。
これくらいはいいだろうと地植えにしたアジサイの下からドクダミの根っこが
伸びているのを知ったときには。これだから初年度は野菜と1年草にしておかねば
ならないのだ!しくしく。

 それでも私は1日に5回は「あー良かった」とつぶやいている。
カタバミの球根や、ドクダミの根っこ、ヤブガラシの根茎をうまいこと掘り出した時の
セリフである。いずれ地中に残った細い細い根っこが育って、また発芽するかもしれ
ないが、それが先にのびるだけありがたいではないか。

 野菜と1年草のはずなのに、ベストな場所を陣取っているのは皇帝ヒマワリとやら。
これはカタログで見て、地面が広い今年のうちに経験しておこう!と思っていた矢先、
いきつけの店で苗を見つけた。すぐさま買って植えたその後で、「街灯が近くにあると
咲きません」ことを知った。げげっ?いまどき、灯りが近くにない家なんて!

 私自身、半分あきらめた。が、半分は希望が残っている。問題は、ギャラリーだ。
うちの庭は、通りから殆ど丸見えになっている。通る人の9割は、ひとわたり庭を
ながめつつ歩き去る。問題のソレは、いずれ3mから5mになるらしい。通行人は、
姿が目立ち始めた頃からどんな花が咲くのかと固唾を呑んで待つことになるだろう。
スカだったら恥ずかしい。反対側なりとも咲いてくれないものだろうか。←未練たらしい

 今年は緑のカーテンが流行りだそうで、知人によればどこに行ってもニガウリの苗が
ないとのことだった。うちはニガウリは種子から育てていて、だから毎年、売ってる
苗の大きさにむかっとしてきた。ところが先日サカタに行ったら、あまりに売れるので
改めて仕立てたのか、うちの実生苗よりずっと小さい苗を売っているではないか!!
流行りのおかげで、温室もないのに勝利してしまった。

 今年は這い登りモノ、いわゆるクライミング系も1年草と野菜である。
野菜はニガウリの他にヘチマ、あとは西洋朝顔に夕顔に友達からもらった
ラブラブ(Lablab属)・ビーンとやら。なんか、庭がネットだらけである。

 ニガウリはともかく、ヘチマを育てるのは初めてである。
食用目当てのヘチマ栽培は、実が20cmになるやならずで収穫、料理することになる。
どでかい実をつけさせて化粧水をとるのとは、少々趣が違う。が、既に夏は毎日!
ニガウリとヘチマを食べるつもりでいる。飽き飽きするほど、イヤになるほど、苦しく
なるほど、お終いにはご近所の人も拒否するほど実りますように、なーんて。

 ところで、母はこの畑で自給自足が出来るねえと笑った。自給自足はいくらなんでも
無理だろうが、それより何より、「畑」じゃなくて「庭」である。美観用にとコスモス
だって植えてある。人類の努力のかいあって野菜が花よりも成長が早いだけのこと。
だがおかげで、通りがかりの人が、「ねっ、ここんちって全部食べ物なのよ!」と、
うれしそうに話しているのが聞こえてしまった。

 坂を上って来ると、あら、ここんちではこんなところにトマトが。その横は
ジャガイモかしら。(余談ですがトマトとジャガイモは近くに植えてはいけません)
ふんふん、ソラマメに青シソにイチゴにフェンネルときて、バジルにエダマメ、
あっちの方にあるのはナスとピーマンね!って、ここまでわかれば逆にご立派だが。

 7月から順次エダマメが収穫出来るので、その分畑、じゃなくて庭が空く。冬まで
日照があるあたりには大根、ニンジン(時なし)、他は日照と収穫までの時間を見て
コマツナ、シュンギクあたりの葉っぱ系、そうこうする内にコスモスが咲くから、
少しは庭らしくなるだろう。余った夕顔用に、オベリスクも注文しちゃったし。

 お昼に食べたナスは甘かった。
しばらくは幸せな戦いが続く、はずである。