庭はあっちに置いといて
多分、日本一、女の比率が高いであろう家庭菜園の会に参加してきた。
2次会は講師を交えての飲み会となるが、肝心の先生が端っこに座ろうとしている。
それで、「先生、昔の美女達で悪いですけど、怖くなければどうぞ真中の席へ
いらしてください〜。」と、水を向けてみた。と、「怖くないよ」とくる。
怖くない・・・?そんなことを言われると。
「これでもかい?」なーーーんて、何か芸をしなければならないような気がするでは
ありませんか!それで本当に腰を抜かすほどコワイなんて言われたら、芸には自信を
持てても、別方向に傷つくじゃあありませんか!!
なんつって、本当にコワイのは昔の美女たちではなく、真中の席のことである。
飲むだけ飲んだらトイレに通いたいのに、真中だと不便じゃないの〜。(^^;)
しかし、そんな思惑とは別に、話は「昔の美女」のセンで進んでいったのである。
すぐさま「若けりゃいいってもんじゃないよ。」と、そこにいた女性全員が、その人を
少しだけ好きになってしまいそうな発言がなされ、その次にはなんと。
「そうそう、野菜だって寒さに耐えた奴の方がうまいんだから!!」
・・というフォローがなされたのであった。そこにいた女性全員が、寒さと己の
美味しさを天秤にかけたのは間違いない。(私は温室でけっこーです、はい。)
思うに先生は、「怖くないよ。」というべきではなかったのであるが、それに文句を
つけるとしたら、既に私の最初の言葉からして違っているのである。一体全体、
どう言えばいいのか、つまりヘンな誤解なく先生を一番不自由な席に、いえ、
メンバー全員がまんべんなく素敵なお話を伺える真中の席に座らせるには。
あ、そう言えばいいのか。ははははは。
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原種ビオラじーさんが来ていた。
マダムは先日沖縄に行って来たのである。2月だというのに、沖縄にはスミレが
咲いていた。スミレを見たとき、マダムは原種ビオラじーさんを思い出した。別に
じーさんがスミレに似てたわけではなく、じーさんがスミレを栽培してたから・・・
って、当たり前だが。
「あれって全部、リュウキュウスミレかなあと思ったもんだよ。」と話すと、
「どこに生えてたの?」と聞く。「あっちこち生えてた。城跡とか、日当たりよくて
草丈低くて、いかにもスミレが生えていそうなとこなら。」
「種子とってきてよ。」
実はマダムはじーさんを思い出したとき、それも考えたのである。
「な〜に言ってんのよ。大体名前もわからない種子なんか採ってきても迷惑じゃ
ないの?」
「馬鹿だな〜、これは何なんだろうと思いながら育てるのが楽しいんじゃない。」
「な〜んだ、そんならそうと早く言ってよ!!」というわけで、マダムはがははと
笑って原種ビオラじーさんをどつくに至った。←おばさん全開ですね
・・・以前、ミックス種子を配布したとき、洋種山野草系の、割と御大の人
(我ながら別の言い方はないんかい?)からも応募があった。ミックスでいいのかと
問えば、答えは「いずれ名前と出会うと思っています。」というものだったのである。
スミレの同定も大変だろうが、洋種山野草の名前ってのも、そうそうわからない。
しかし、一生の趣味として続けて行けば、資料漁りも一生の仕事。今わからなくても
のんびりがっちりやっていけば、いずれはわかりますよ、というわけだ。
てなわけで、原種ビオラじーさんはマダムにどつかれたのであったが。
肝心のスミレの種子を入手できるのがいつかはわからないままであった。
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久しぶりにオーリキュラの種子蒔きをしようと考えた。
てことは、カタログ請求から始めなければならない。で、まずはカタログ請求に
つきものの、国際返信切手券を久しぶりに買うこととなる。
その後、これまた久しぶりに英文手紙を書くことになる。
手紙は残り少ないオーリキュラの絵がついた便箋に書かれ、封筒の方にはこれまた
残り少ない日本桜草の図案の切手を貼り、国際返信切手券はカタログ代も含めた
つもりで3枚入れて、出来あがった手紙は私的には完璧なものであったが。
実は英語式に住所を書こうとしたら、すっと頭に浮かんだのが金沢時代の番地で、
一時期金沢時代の電話番号とこちらの電話番号とがごっちゃになってたこともあり、
これはヤバいと日本語で書いてから英語式に直そうとしたのである。
番地までは良かった。地区の名も大丈夫。よしよし、ヘンな漏れはないな。
しかしそこで、「おーい。」と夫に呼ばれてあっちの部屋とこっちの部屋でやりとり
して、再び手元を見たら。私は、「川saki-City」と書いていたのであった。呆然。
夫によれば、私の英字は日本式で読みにくいからパソコンで書いてプリントした
方が良いぞ、とのことであるが。しかしこれはそういった話をはるかに超えている。
ボケるにゃまだ早いつもりだが、ボケずに生きてきた記憶がないような気もする。
悩むのも面倒なので、これも一種の芸だろうと思うことにした。