夏になって

 日曜朝となれば、斜向かいの家の芝刈機の音が響き渡る。
その家は狭くもない敷地の片方によせて2階家を建ててあり、残りはみな芝生と
樹木である。うちから見渡せるその庭の整え様は、うっとりするばかり。
私だったら、絶対ああはしないし、第一、出来ない。

 そう思えばこそ、この家に引っ越して来てからは、芝刈機の音さえも好ましく
聞いてきたのである。が、ある日曜の朝、それが聞こえない。なんだなんだ
一体どうしたんだ、静かなのはいいけど芝生はどうするんだ、旅行にでも出かけたの
ならいいが、まさか風邪でもひいたのか?

 やがて夕方になったところで、芝刈り機の音がめでたく聞こえてきた。
なんのことはない、暑いので日が傾くのを待っていたらしい。
他人事ながら、彼が無事であることがうれしかった。
芝生と、庭の眺めのために喜んだ。

 そう言われて、当人がうれしいかどうかはわからないが。

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 生垣に目論んだ、Eucalyptus tetraptera が、早くも死んだ〜。(^^;)
暑さでか、一度水を切らしちゃったからか、それとも両方でか??
しょーがないので、次に発芽が多かった、これまた低性の E. eximia nana
で目論むことにした。目論むのは私の勝手、失敗するのも私の勝手。トホホ・・

 E. tetraptera をもう一度やってみるのも手であり、一株しか発芽しなかった
分を育てて増やす、という手もあるから、この関連の目論みは、しばらくうちの
庭でとぐろを巻くことになる。

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 アジサイを剪定している。アジサイは、前年のびた枝の先に花をつける。
今年咲いた花を切るのが一番簡単なわけだが、さて切り始めると止まらない。
あまり切りすぎると枝が暴れてだらしなくなる可能性があるのは知っている。

 しかし、お約束通り、からみ枝に徒長枝に懐枝に、枯れた枝の整理も・・
とやっていくと、自分の庭の方ではなく、公道に向かって枝が伸びるようにと
やっていくと、ふと気がつけばすかすか〜、になっているのである。
もはや、私が切るとなると切りすぎることになるのがお約束、な気もしてきた。

 ところで、今年良く見かけたアジサイといえば、「紅(くれない)」だった。
以前は、「隅田の花火」がいいなと思っていた。アジサイにはとにかく様々な品種が
ある。最初は白いが、段々ピンクに染まっていくカシワバアジサイの「アイリス」
を含め、何か面白そうなのを見つけて現在うちにある普通のアジサイと替えて
しまおうと梅雨入り前頃には目論んでいた。

 梅雨の晴れ間に、この「アイリス」と偶然出会った。
写真の通り、ぼけぼけーっと、サーモンオレンジがかっている様は、大層珍しく
きれいであった。が、時期は「梅雨の晴れ間」である。きれいだが、見るからに、
暑苦しくもあったのである。

 「アイリス」が暑苦しいなら、「くれない」も五十歩百歩だろう。
そう思えばどちらも嫌になった。カシワバアジサイの白という手もあるが、
好みである「みなづき」は枝が弱く、支柱なしではいられないのである。

 迷いながらも日は過ぎて、梅雨にも飽きた頃、私は家に帰りつくべく曇り空を
背負って坂道をえっちらおっちら登っていた。で、いつもの角を曲がったら、そこに
青いガクアジサイがあったのである。

 「あら、青空がこんなところにある!」と思ってしまった私は、アジサイに
物珍しさを求めることをやめた。そして、この家に元々植えられていた、青い、
普通のアジサイを残すことにした。現在私に切られまくっているアジサイは、
それである。

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 隣との境界にあるカイヅカイブキは、しばらくの間、敵だった。
目隠しはお隣の庭木ということにして、なくては困る枝だけ残し、切りまくったので
ある。結果、殆ど枝のないカイヅカイブキが居並ぶ、不思議な庭が出来あがった。

 不思議だろうがヘンだろうがそれで困るわけじゃなし、第一その部分はよそからは
見えない。そんなわけでのんきにしていたのだが、ある日、お隣に職人が入って
しまった。十分きれいに整えてあるのに、前にもましてさっぱりとしてくれて、
おかげでお隣が丸見えになった一方、私がやったことも、丸見えになってしまった。

 この状態から、「カイヅカイブキの主幹を使い、横に綱を渡してそこにバラを
誘引する」なんていう目論みが読み取れるわけもなし。あまりにミもフタもない姿
に、ちょっと、というよりかなり気まずい。

 このうえはお隣には是非とも長生きしてもらって、花咲き誇る庭を遠目にも
確認してもらうしかない。自分の名誉回復の為に、お隣の健康と幸せを祈ることに
なるのであるが、他にどんな手(?)があるというのか。