はなのな

 「学名による分類と調査の方法」の講座の後、質疑応答の時間が
設けられた。その中で、私が覚えているのはただひとつである。
それは、いわゆる植物のDNA鑑定をどう思うか、というものだった。

 しちめんどうくさい人為的な分類と、それによる調査の方法を説かれた後に
する質問としては、けっこーハードなものではあるまいか。「こんな講座に時間を
費やすことは、ある意味無駄といえますが如何?」ともとられかねない。
度胸あるなあ、というわけで私は顔見知りのその人を少々見直した。

 講師の答えは・・1ヶ月も前のことで、忘れた。
私はただの若く美しいおばさんなので、詳しいことはわからないが、つまりかの
リンネは、神の意図を読み取ろうとした。しかし残念ながら、リンネは人間で
しかなく、その後の様々な学者の努力や功績も、DNA鑑定によって容赦なく
再編成されようとしている・・・ってことざんしょ?

 では、その努力はたんなる無駄だったのかと言えば、無駄かもしれないし、
そうでもないのではないかと・・・つまり、どっちでもないと私なら考える。
というか、こだわっても仕方なかろうと考えてしまう。

 ワタシ的に見て、例えば天国のリンネはどうするか。
リンネは多少はムカついたはものの、やがて唐突に扇子で頭をぽん!と叩く。
そして言う。「いや〜、参っちゃったな〜!そういう方法が出来ちゃったわけね!」
で、どうなるかと言えばそれはそれ、あれはあれとして、いそいそと
DNA鑑定とやらの結果を見に行くのである。

 リンネが扇子なんか持ってるかとか、そういう言葉遣いはしないだろうとかは
ともかく、好奇心を押えられないのが学者だろーと思う。そんだけ〜。

                   xxxxxx

 ギボウシの展示会のお手伝いに行った。
今まではウィーク・デイのお手伝いばかりしてたので、今回は土曜日の講演日にも
行ってみた。そしたら、マニアと普通の人との比率が逆転していた。

 だからどうだというわけではないが、その差はものすごいものがある。
なんせ週日は、ほんの一部のリタイアなマニア以外、「まー、なんだか
よくわからないけどきれいねー。」って感じの善良なおばさん達ばかりなのである。
言わなければ、販売品と展示品の区別もつかない。

 販売品も展示品も、業者さんや趣味家が提供してくれたものである。
会期が終わったら、残ったものは持ちかえることになる。それも大変だろうから、
なるべくなら売ってあげたいし、お客がきれいだと思ってくれたなら、体験して
いただきたい。(そのために特別に安いものも用意してある)だが。展示品と販売品
の区別がつかない人々が、山程あるなかから自信を持って選べるわけもない。

 もっとも、「こんな値段では安すぎる!」という、120鉢を持つ元・植物園の園長の
言葉に、「あら、いーじゃないの、安いにこしたことないわ!」と答えた人もいたが。
さすがに、「安価に売ることでギボウシが粗末に扱われるんじゃないかと心配なさって
おられるんです。」と答えたら黙った。(ちなみに彼女の買物は、スダレギボウシと
ゴールデン・ティアラ、合わせて200円。最低金額にしてなお、中々・・・ ^^;)
 
 それではなんとかして売るべく頑張ったかといえば、それほどでもない。
「販売品」であることを教え、迷った人には「特別分譲」の存在を教え、あとは放って
おく。「花は咲かないの?」とは何度か聞かれたが、「ギボウシは葉を鑑賞するもの
です。」という答えは間違いで、この場合は、「もちろん、咲きます。いいもの
ですよ。(^.^)」が正しい答えとなる。

 座ったまんま、口先だけで、よく言えば上品、悪く言えば「ずぼら」な接客態度
だったかもしれないが、しつこく売りつけることほどギボウシの姿に似合わない
ことはない。←便利な言い訳だが

 ところで、マニアへの応対は。
ほっといても販売品の存在は知ってるし、なければ騒ぐだろうし、下手すると販売品
でなくても勝手にみつくろってレジまで来るかもしれない。彼らは何か買い残したものは
ないかと何度も会場をぐるぐるまわって、おしゃべりはマニア仲間達とである。
なんて楽なんだ!と言いたくなるが。展示会は、マニアを喜ばせるためだけに存在する
わけではない。それを忘れてはいかん。たぶん。

 今年の当番は御大とだけだったが、去年は様々な人達と一緒であった。
普段の会合では見ることのない姿が見られて面白かった。
もちろんこちらも、色々バレた??

                  xxxxxxx

 また、寄贈するしかなかった。
去年11月、私は不要なバスケット器材を処分するべく、安い苗でハンギング・
バスケットを組み、格安でフリー・マーケットで売った。で、残ったうちの1つを
会場であるところの施設に寄贈したのである。施設の人は、門の横に飾ってくれた。

 格安で売ることがわかっていたから、花材もパンジーとカラーリーフで、
それでも冬はちょぼちょぼながら、春になったら盛り返してきれいに咲いてくれた。
そこまでは良かった。が、やがてパンジーは消え、器材丸見えとなり、カラーリーフ
とてっぺんに載せたボロニアだけが生きているという状態で、それでも片付けない!

 あげてしまったものゆえ、口だしするのもはばかられるような気がして、
しかしながらあまりのみっともなさにココロが痛む。見ないようにして今や7月。
我ながらよく頑張ったと思う(頑張っていいのか、おい)が、なんと選挙が・・・!

 恐ろしいことに、選挙会場はその前を通った先にある。選挙のときしか通らない
人々さえ沢山いる。誰も見てはいない、と思いたいのだがしかし、やはり見るだろう
と思うとまたどうしようもない心地がしてきて。

 今度は格安のインパチエンス、そして自分で殖やした実生系コリウスを使い、
寄贈することになったのである・・・。くそーーー。そして選挙当日、終わったら
取り返してこようかしらと思う私にもう一つのショックが。

 すっかり忘れていたが、我が家の前だって、けっこー人が通るのである。
暑さにかまけ、じぶんちの門には古いのしか置いてなかったよー。うえーーん。
ててっと作って置いたが、あわてたあわてた。そりゃ、あっちを通る人がこちらを
通ることはないのだが。

 日が傾いてから、お向かいの奥さんと偵察に行った。
つまり、設置場所が見えるところでオバサンの立ち話を装いつつ選挙帰りの人々を
サカナにして遊んだのである。「ほら、女の人が気がついた、見に行くわ!」
「・・・どうもオトコの人はダメねえ。」なんて。

 こんなことでもなければ、やっとられん。
実際、うちの門のバスケットも好評だ。どんな人が?と思うのか通りから
ウチの中を覗き込んだりもなさる。それならまだしも、先日などはこう言ってるのが
聞こえた。「ここんちの人、急にお花を作り始めたのよねー。前はしなかったのに。」

 違うと言いたかった。ここんちの人が作り始めたんじゃなくて、ここんちの人は
余所に行って今では余所で花のない生活をしていて、今、ここんちにいる人は別の人
なのだと。しかし。通りの人の噂話に答えても。ぷりぷり。