まいまい
「うちの子が好きなんだ。」
そう言った西洋人が手にしていたのは、ヨウカンだったそうである。
ドイツ語を話す人間が購入したのは、なにやら墨書してある色紙だったが、
内容は、「少年老い易く学成り難し」というものだった。
いずれも、夫が原宿の100円ショップで見た光景である。
100円ショップは日本を訪れる外国人の間でも有名らしく、原宿ともなればことに
外国人率は高いらしい。
私はその話に、「100円って、1マルクくらい?」と聞いて夫の失笑をかった。
言われてみれば、ユーロというものがあったのだ。で、笑い話に知人にそう話すと、
「種苗会社だって、今やユーロだろう?」ときた。なるほど言われてみれば、ユーロ
で決済する種苗会社がたった1つあった。住所はフランスで・・でもその会社では、
何故かポンドとユーロで商売しているのである。
だが、その会社を除けば他の種苗会社は全て英国にあって、決済は「ポンド」である。
考えてみりゃ、ユーロがどうこうという話になってからは旅行もしていない。それで
私の頭の中では各国の通貨地図が昔のまんまなわけだが。しかし、こんな生活で
ユーロという概念が必要なのだろうか?
もしかして、こうやって人は取り残されて行くのだろうか??(^^;)
でも、取り残されるって、誰から?何から?
xxxxxx
沖縄に植物観察に行く人がいる。
「どんな植物が見られる?」そう言われて、答えることが出来なかった。
言われてみれば、沖縄の山野で植物観察などしたことがなかったのである。
庭や道端の場合はクロトン、ハイビスカス、ポインセチア、バナナ、でもマンゴー
はあまり見なくて、良く見るのはパパイヤの方で、生垣に使われる黒いほど緑の
葉の植物はなんだっけかな〜?ってこれくらいである。恥ずかしくないのか、私。
いや、恥ずかしくない。
そりゃー、姑が生きていた頃は沖縄に通ったさ。ほんの少々住んだこともある。
しかし、行く先は那覇の大都会であり、当時は車を運転しなかった。そして
なるべく姑の傍にいなければならなかったのである。でないと、里帰りの意味が
ないから。でも、那覇は楽しかったので何の不満もなかった。
大体、当時は全く植物に興味がなかったのだ。わはは。
植物に興味が出たのは、姑が亡くなってからのことだ。だが、亡くなると同時に
里帰りする必要も殆どなくなった。だから沖縄の自然、と言われると、海と珊瑚礁
から出来た痛い砂と、とんでもない陽射しと、アフリカマイマイと、飛ぶゴキブリと、
あっという間に食べ物が腐る湿度なんぞが思い浮かぶ。都市の暮しと共にある自然、
でなくば、車で通りがかる自然である。
何度も言うが、それで十分だったのだ。例えばアフリカマイマイを発見した
ときの気持ちときたら。常識を逸した大きさに驚いた私は図書館に走り、
「陸棲貝類図鑑」を開いたのだが、幻覚ではなく本当に存在してたのに驚いた、
ってくらいである。
そして植物に興味がある、という程でなくても、一般常識程度の知識はある。
例えば当時の私の楽しみの一つは、義姉のところに挨拶に行くことだった。義姉の
家は古い住宅街にあり、道が入り組んでいるので夫は必ず迷った。私はそのたびに
沖縄ならではのものを見つけたのだ。(義姉の立場は一体どこに??^^;)
一体全体何年育てればああなるのかと見上げたポインセチア(大体、誰がどこから
入手したものだろう?)、庭に実るライチー(当主が台湾あたりから持って来たの
か?)、庭木の幹に鉢ごとランを縛り付けて栽培してる姿なんぞは忘れようにも
忘れられない。
私にとって、沖縄における植物とは、普通の人々の生活や物語そのものだった。
よそものの私には、それが面白かったのである。当然、植物や自然マニアの沖縄の
年寄りと知り合うことはついぞなかった。ないものは見えなかった。それでもって、
あるもので十分だったのだあ。わはははは。
山野草を見に行きたい人には、申し訳ない結果になった。
金沢近郊の自然に関してなら、相談に乗れるのだが。