敬老なミックス種子
私が園芸をやっていることを「誰に似た」といった次元で語るとすれば、
それは完全に父方の人々であって、母方にはそういったことに夢中になる
人は、一人もいない。それは、母という一番近しいはずの存在でさえも
そうなのである。
そんなわけで、実家の法事から帰宅して、買ったはものの自分にはもはや絶対に!
蒔ききれるはずもない種子袋の存在を思い出したとき、それを押しつける相手として
頭に浮かんだのは、久方ぶりに会った叔母だった。
種子は Chiltern Seeds の、一年草のカラー・ミックス。
色は、白と青。こんなヤクザな種子を蒔いてくれる友達、私の周囲にはいない。
そして、母によれば叔母は所謂「花の会」とやらに入っていて、国道沿いの私有地に
苗を植えはするものの、珍しいものほどあっという間に持っていかれてしまって
怒り狂っているという話。
これだけなら、来年になってしまったら発芽率が確実に落ちるだろう種子をお願い
する相手としては、最適である。しかしこの叔母とは、園芸を始めて趣味家どうし
という新たな関係となってからは、ろくに会ったことがなく、話もしたことがない。
一体全体「花の会」だけが叔母の楽しみならともかく、裏庭あたりでもっと別の
目論みを繰り広げていたら???そうなると、一年草ミックスなどは100年分くらい
の家系図つきの説教されて終わり???
一応、趣味家という間柄にも長幼の序があるはずで、しかしそれは現実の年齢
ではなく、経験に即したものになるはずなのだが、一方で臨機応変に対応すべき問題
でもあって、しかし、はっきりしてるのが叔母と姪の間柄だけであるという場合、
どう考えたらいいのか。
バナナのしっぽをとられたと言って大泣きしてた過去、くらいはまだしも、
宿題の浴衣作りを手伝ってもらった過去、などなどを思えば、年賀状を除く、殆ど
初めてと言っていい、叔母に書く手紙は、いきおい慎重にならざるを得なかった。
それはどういうことかと言えば、「叔母様にはご機嫌うるわしく」という書き方に
なるということで、「実はこのたび」、「庭が手に入ったこと」から、今年はいつも
「英国に注文している種子」を、多く購入しすぎてしまいました。「あまり珍しいもの
ではありません」し、「ご迷惑か」とも思ったのですが、他に頼る人とてなく、
園芸仲間に広い人脈をお持ちの叔母様のこととて、どなたかの練習用にでも使って
いただければ、と図々しくもお送りすることにした次第です、てな調子になる。
そこで、「ついては」、と続くのはいたしかたない。「老婆心」ですがと、70過ぎた
叔母に書くのもちょっとアレだし。考えすぎではあるが、えー、つまり。
「種子袋には夏の花と書いてありますが、英国の気候では春に蒔いて夏の間中咲かせる
ことになります。日本の、増して暖地の場合は、秋に蒔いた方が多くの花が立派な
姿で見られることと存じます。」ということで。
「この種子袋の中の種子、全てを咲かせるのは不可能ですが、時には珍しい花が
咲いたりして、楽しめます。」・・・そりゃ珍しかろう、だってたまには例のポピー
なんて混ざってたりする。しかし、途中で気がついたら、ひっこ抜いてくださいませね
叔母様!まかり間違えても友達に自慢したり、種子なんか採取なさったりしては
いけませんよ!・・とまで書いていいものか。
3日も経ったところで、母から電話があり。
「なんだか、外国の種子を叔母さんに送ったそうで、電話があったけど。お礼を
言っといてくれといったって、自分で言えばいいじゃないねえ〜?」
そうかも知れませんが、叔母様は私の電話番号など、ご存知ない。
ともあれ、70過ぎの女学校出の叔母は姪からの贈り物を素直にありがたく
受け取ってくれたらしい。
それはいいのだが、問題は母が立派にヤキモチを焼いていたということで。
たまに会った叔母なんぞに親切にするくらいなら、母であるこのアタシに親切に
しなさい!と、思っているのが受話器からありありと匂ってくる。
橋本治は、祖母にセーター編んでやったというのでヤキモチを焼く母親を黙らせる
ために、帯を買ってあげたらしい。その例にならってではないが、実は母には
とっくに「パンジーの苗」を発注してあるのだが。
放っておけば忘れてくれる母の方はともかく、改めて気がもめるのは、叔母様に
差し上げた種子の方である。叔母は、棚から落ちてきたボタモチ(この場合は、
ケーキか?)にファイトを燃やしているとのことだが、野心なぞ持たざるがごとき
ふりして、ほどほどに育てるのが一番幸せなのがミックス種子ではないのか。
あまりくどくなって機嫌を損じてはと、最低限のことしか書かなかったが、
「ありがたく受け取」ってくれるくらいなら、くどくどと書くべきだったのだ。
つまり。
この袋には何十種類もの種子が入っています。苗床はなるべく広くしてやると、
後がラクです。用土は根離れが良く、なお細かめのものです。発芽したものから別の
プラグ・ポットに移します。3日で発芽するものから、2週間以上かかるもの、
発芽適温が低いものも入ってるはずですから、発芽が「揃う」ことはありません。
もちろん、3日で発芽するものより、長くかかるものの方が珍しいものである
可能性が高く、また、面白いに決まってます。そんなわけですから、発芽した
そばから別の苗床にそっとそっと移植するのがいいわけです。(非常に小さな芽も
発芽して、共育ちを思い出させたりしますが、それは叔母様の判断に任せましょう)
そして発芽したものは、ちょっと見、葉っぱが似てるからと言っても、油断しては
いけません。強情そうなタンポポだなーと思っても、リモニウムだったりします。
思った通りのものも、思ったもの以下も、思った以上のものも開花してくれます。
外国の種子だから全て日本のより優れているなんてことはありません。しかし、
珍しいものが入っている可能性は大なのです。
わかりきったことですが、これは一年草のカラー・ミックスです。
同じ袋から発芽する種子は、白い花色の一年草だけであり、青い花色の一年草だけ
です。判明しているのは花色と、気に入ったら種子をとった方が良いということで、
高さや横張りなど、成長後の姿はわかりません。
始末が悪くて、辟易するかもしれません。
しかしこれは、その始末の悪さを楽しむための種子です。叔母様は半世紀以上の
花栽培のキャリアをお持ちなのですから、わかっていただけると存じます。
・・・なんちって。
ところで、園芸好きの叔母様はもう一人いたりする。
ただ、こちらはあまりにヨロヨロしてるので、遠慮したのである。だが、妹によれば
その外見にも関わらず、苗や球根を見に行きたいと言っているらしい。
祖母が亡くなった年齢を叔母達は既に追い越している。
それでも園芸魂は残っているらしい。それなら、次の敬老の日の贈り物には、また
同じような種子を両方の叔母に贈ってあげてもいい。苗や切花よりスリルと
サスペンスが味わえるし、大体、菓子折なんぞ比較にならないほど安くて長い!?
・・・そんなことを考えていたら、今朝、母から電話がきた。
「パンジーの苗が届いているけど、これはオマエが注文したもの?」 「ええ、そう。」
「じゃ、これは家の周囲に植えてもいいね?」 母はうれしそうである。
たたみかけて聞いてみた。「種子なんかより、ずっといいでしょう?」
母の答えは、「そうだねえ!」というものだった・・・。来年春の叔母に聞けば、
「苗なんかより、種子の方がずっといい!」と言うに決まっているのだが。
そこでふと思い出した。忙しいということもあって、叔母達の母親であるところの
祖母は、花なぞ植えなかったのである。それでは、私が似たはずの叔母達はそもそも
誰に似たのだろう?
苗の出来具合を見に行きながら、叔母に聞いてみよう。