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 やってみたいことがあって、
それは、「自分でやってみること」である。
例えば、欲しいバラがある。ある先生によれば、そのバラは、
「あれも案外性が悪いらしいよ。」とのことである。

 しかしははははは、それがなんだというのか。←なんだと言いたいだろうて
それを自分が経験したいのである。それでもって、自分が「いやもう、性悪なのよ
アレって。」と言いたいのである。

 ミモザが面白そうで、手に入るものなら、種子からやってみたい。
「あれは、成長の速さに茎が追いつかなくて、必ずぶっ倒れて終りなのよね。植え
てる人は、驚くような支柱を立ててるわよ。」って、言わなきゃいいのに言うから、
皆親切に教えてくれるのだが。

 なんのこたあない、ぶっ倒れて終りになっちゃうのを自分で確かめて、自分が
泣いてみたいのである。

 定住することで、やっとその幅が広まるかと、ほっとする今日この頃、
さて、何からどう泣くか。

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 「薔薇は別腹」、などという言葉をこしらえてみた。
植物に興味のない人でも庭があればなんとなく植えておくのが薔薇であるし、
他の植物が好きな人も、なんとなく好きな薔薇というのはあるようだ。

 改良を重ねてきた薔薇のことであって、この世に好きではない薔薇は
あるとしても、美しくない薔薇はないのではないかと誰かが言っていた気がする。
だからこそ、薔薇は薔薇であるがゆえにつまらない部分もあり、多分その「別腹」さに
薔薇やる人達だってムカつくことがあるのだろうとは察しがついたりもする。

 先日、いつもの会に多肉植物の人がハオルシアとリトプスを持って来ていた。
ハオルシアもまあ、地味〜な植物だが、リトプスはちょうど脱皮が始まっている
とのことで、感動は呼んだがはっきり言ってその内容は「よくまあこんなものを!」
というものであった。

 つまりそれは薔薇とは対極にある代物で、見れば見るほどトホホなのであったが、
これに魅力を感じる人も山程いるのである。そして、「こんなん並べてうれしい
なんて、信じらんなーい!」という自分の気持ちそのままに見ていれば、話は逆、
なのであった。

 信じられないほどヘンな代物が好きならば、それはもうどこにも嘘はない。
良くも悪くも、愛は純粋なのである。

 薔薇が別腹(お菓子やお寿司)なら、リトプスなんぞはゲテモノ食いみたいな
ものではないのか。そんなことをご当人に言ったら怒られそうだけれど、
ええっとつまり、その趣味が「信じられない」ものだからこそ、
ただ彼の愛の純粋さに感動したのであったよ、私は。

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 くっだらない、と言われそうなヒマワリが、本葉何枚目かになっている。
ヒマワリにははっきりと2種類があって、ぎゅっと丈が詰まっているのと、
ひゅんと伸びたのと。多分、詰まってる方が、矮小ヒマワリなんだろうと思う。

 植えたはものの、最初は山ほどのヒマワリをどうしようかと考えた。
が、なんのことはない、私には現在のところ植えられる場所が三箇所もあるのだ。
つまり、実家と5月末に移る家の庭と、現在いる社宅である。実家でも、引越し先の
家でも、ひまわりはうちを訪れる人々との話のネタになるだろう。社宅の庭に残した
ひまわりは、年端もゆかぬ子供達に「ひまわり」の記憶を植えつけてくれるだろう。

 で、今となると、そんな結果を呼ぶつもりなら、下手に輸入した品種名つきの
ミックス種子なんかより、ただのヒマワリの方が良かったなと考えたりする。
ついついいつもの癖で変なのを選んでしまったけど、ヒマワリに限っては、品種だの
変わりモノだの、そんな小賢しいものは要らないのだった。

 せめて社宅に残していくヒマワリは、大きくなる奴を選ぼう。