花がらみ 5:4月の山歩き

  4/11日、金沢市近郊の某所に植物観察に行った。
家から車で30分の中途半端な山の中、そのあたりでは、雑草でしかない
ショウジョウバカマの群落を見、ついでに白いキクザキイチゲの中にまれにある
薄青い花を見て喜んだ。

  山の斜面には、実にたくさんの椿が咲いているが、あっちの椿の木の花色は赤み
が強く花つき良く、その隣の椿は花が小さ目で、そっちのはと言えば花色が薄く、
こっちの椿はまだ咲いてなくてつぼみがやたら細長い。・・・たかだか山の椿が、
こんなに違うもんだったろうか?それとも、関心を持って見るからそんな風に見える
のか?

  これに比べれば、うちの田舎の山の椿はみな同じに見える。
余所さまの庭にあって自慢になっているのは大抵八重の大きな椿だった。
うちの庭の椿は一重だったが、山の椿より平開し、色が薄かった。御先祖の一人が
植えたその昔の最新品種かもしれないと考えていたが、金沢の椿たちを見ていたら、
山の椿の枝変わりを植えたのかもと思えてきた。もちろんその方がカッコイイ。

  我が家ではないけれど、金沢のこの土地のどこかに、1軒の家があったのかもしれ
ない、あたり全体がその家の地所で、かつての誰かのコレクションなのかもしれない
と考えてもみた。それはそれで楽しそうだが、人が植えたにしては植え場所、
植え方が散漫にすぎる。

  そう、急斜面のど真ん中まで登って植えるようなガーデニングってあってもいい
と思うが、スコップごと転がり落ちるのでは・・・。同様の理由で、私は椿の花を一々
とって並べて撮影をしなかったのだが。(ま、甘い!と叱られることでしょう・・・)

  山から下りて車を出そうとしたら、走り出したところで脇の畑で農作業中の
オジサンがいきなり仁王立ちになって、睨み付けてくれた。山菜採りと間違えられ
たのかもしれない。でなくば、勝手にうちの地所に入るなということだろう。行く
ときにそこにてくれりゃそんな心配はかけなくて済んだのにねー。

  もっとも、「いやだなあ、私は山菜なんて貧乏くさくて野卑あふれるもの(一体
全体、どんなんだ?)わざわざ採りませんよ〜!あんなもの山に入ってまで食べる
人の気が知れませんね。」な〜んて言ったら石投げられるかもしれないが。

  翌日は、別の山に行った。
こちらのキクザキイチゲは青の方が2で白が1、という対比だった。
前日もショウジョウバカマを見たが、その日こそはもう、雑草として認識した。
谷川を歩いたらホクリクネコノメソウの他にネコノメソウらしきのも見て、
なおかつサトイモ科テンナンショウ属、ええっと、未開花、の花芽も見た。

  たった一人の山の中なのに、わーわーきゃーきゃーで時間が経っていく。
さすがに引き返すしかないところまで来たら、今度は上の方から話し声が降って
きた。山の斜面のもう少しだけ上に、道があるらしい。ふと、やる気がわいて、
今度はまだ枯れている雑木林をタテに登ってみた。

  しかし、道は思ったよりずっと上にあったのだった。薮の坂じゃなければ、汚れる
ことを気にしなければ登れると思ってはいたが、田舎のコだったのは昔の話で、
今は「元」がついている。道にたどりついた頃には汗みずくになっていた。

  やっとたどりついたそこは、いたるところで杉が倒れている道だった。
ほんの1ヶ月前まではヒトの腰まで雪で埋もれてたかもしれない道に、様々な双葉
が顔を出している。

  途中、溝が土砂で埋もれ、道を横切る小さな川ができていた。ここでは、雪で
折れた杉や小さな雪崩で運ばれた土砂によって、道は簡単になくなってしまう。
こうなると、双葉が発芽してるのが道なら、踏み潰されることよりも、育ってしまう
ことを心配するのがスジってもんだ。

  それはいいとして、道がどんどん車を停めたところから離れていくのには参った。
だが、崖を降りるのは嫌なので、半分むかむかしながら歩いた。うるさいばかりの
ショウジョウバカマにはサーモン・ピンクの株が混じっている。キクザキイチゲ
同様、山のあっちとこっちとでは何か違う。

  山の斜面の途中に立派なヤマキケマン?を発見。もしかして、あの斜面の
上には群落があるのか?だが、もう山登りはこりごりだった。登ったら下りて
来なければならないし、向こうがわにもっと面白いものがあったりしたら・・・遭難?

  やっと集落に出た。浅鉢を積み上げている家、発見!表に回ってみたらそこの人
の趣味は、しゃくなげだった。オジサンが熱心に作業中で、今にしてみれば話しかけ
ときゃよかったと思う。もったいないことをした。いやほんとに。

  山登りはけっこー腰にくるもんだとわかったのは翌日のことだった。