花がらみ 2:長い1日
 
  その日は、朝早かった。
同じ社宅の単身赴任の人が亡くなったからである。同じ社宅とてお手伝いをする
のもさりながら、私はその人の庭を借りていた。猫の額ほどの庭だが、庭は庭で
誰も入ってこられないというのが魅力だった。

  今にして思えば我ながら非常識だったと思う。単身赴任の人の庭で花を咲かせよう
って、やっぱおかしい。だが、うちには地面がなかったし、園芸好きとしては
地面を見さえすれば何か植えたくなるのはごく当然のことで、何の不思議もない??

  が、奥方はまさかそこまで園芸に入れ込んでる人がこの世にいるとは考えもつかず、
プライバシーのことなどがあるから土日の作業は遠慮してくれと言いに来た。
そんなのは当たり前の話で、私が興味あるのは庭だけで、などと言ってもしょうが
なく、ちょっと悔し涙くらいは流してみたが、実のところ、奥方が帰ってしまったら
コロリと忘れて土に親しんでしまった。

  去年の春は青と白の草花を植えた。今年はと言えば、プリムラを地植えして
あった。実は、チューリップの球根もサービスして大き目のを植えておいた。
ここは北陸、太平洋沿岸ではジリ貧となるはずのチューリップの球根は小気味いい
ほど増えもすれば太りもし、20や30の球根は、なんぼでもなかったのである。

  あとは本当の春を待つばかりだったが、その部屋の主が亡くなってしまった。
それまでは植物の存在を主張すべく名札やら何やらつけてあった。だが、哀しみに
くれながら部屋の片づけをする遺族に、ここは踏まないでくれと果たして言えるか。
その朝私は、自分と植物の存在をあらわす名札を抜く為に、早めに起きたのだった。

  昼すぎには、車で買い物に出かけた。その日の仕事はもうなかった。
それで、帰りに少しだけ山に寄ろうとした。山にはまだ雪が乗っているが、途中まで
行ってみようと思った。が、ちょっと入ったらすぐさま雪にはばまれた。

  引き返そうとしたら、なんと前輪が溝にはまってしまった。
雪は雪だが、側溝の上にも積って地面みたいに見せるものだなどと誰が決めたんだ?
トランクからスコップを出して溝を埋め始めた。5ヶ月前には近くの山で、同じ手段
で余所様の人を助けたのである。山の中だが近くの集落までは歩ける距離で、暗く
なりそうになったらそこまで行って電話を借りようと考えた。

  しかし、同じようなことを考える人はいるもので、スコップを出して3分もしない
うちに2台の車がやってきて、「どこまで行けるのか行ってみようと思ってここまで
来たんだけど。」と言いながら、車をひきあげるべく努力してくれて、駄目となれば
JAFを呼んでくれたのであった。

  JAFは・・すごかった。あの山の中のお支払いも、もちろん、カードで。
側溝から引き上げてもらった車を慎重に運転して帰ったことは言うまでもない。

  翌日は仮葬儀ということになっていたが、打ち合わせは難航した。お坊さんは、
「出張先とか、出先でいけなくなるのはよくあることなんですよ。」と話した。
JAFの御世話になったことは夫に話したが、葬儀の話に紛れてしまった。
「当分山に行くのはよしなさい。」・・・ま、歩いて行ける範囲にしましょ。