花がらみ 10:樹木の花(5/16)〜

  暑かったり寒かったりを繰り返し、また暑くなった日のこと。
また山に出かけました。

  寒の戻りはあっても山はごまかされず、このへんはまだイカリソウが咲いてるなと
思っても、良く見ればチゴユリ。コブシはさすがに終わって、ハコネウツギも開花を
始めているけれど、白い、小さ目のボトルブラシのような花をつけるのは、何という
木なのでしょう??これは平地ではもう終わりです。

  恵まれていたのだかいなかったのだか、田舎育ちの私には樹木はそのへんに勝手に
あるものであり、余程のことがなければ名前など覚えたいとも思いませんでした。
それでも名前を知りたくなったのが、エゴノキの花です。それから、アシビの花。

  この二つの花の記憶は、雨と一緒になっています。小学生であった私が、
傘をさして帰宅するときに出会うのがエゴノキの花であり、アシビの花でした。
子供ですから、学校帰りの道はのんびりしたものです。それでも、雨の日は傘を
さしているとただ足元を見てとぼとぼ歩くしかありません。

  学校帰りの道は国道から県道に、やがては竹だのシイだのが覆う薄暗い村の
道に入っていきます。今、同じ道は今はコンクリートになっていますが、当時はただ
の土の道でした。ですから、雨の日の道は本当に暗く、その中にこぼれ落ちている
真っ白い花は、小さな光に見えたのでした。

  ここでは、アシビの花を見ることがありません。
でも、エゴノキはあちこちにあります。ここのガマズミも、ヤマボウシも、こんなに
大きいのを見たことがありません。そして、ことにきれいなのはヤマアジサイや
ヤマボウシなどの白い花です。

  山間の、そのまた渓谷にある畑は何が作れるのかと問いたくなるほど暗い畑なの
ですが、よくしたもので、その横にはとても花つきのよいヤマアジサイの大株が
あるのです。

  ヤマアジサイの光をあてにして作業をするし、その美しさを楽しみにして畑に来る
のではないかと思われる、それほど「たすけになる」白さです。私が通った道には、
こんなにすごいヤマアジサイはありませんでした。でも、ここを通う子供たちには、
このヤマアジサイがあります。ここの人の想い出は、このヤマアジサイと共にあると
思わせてくれる美しさです。

  って、ここまで書いたはもののすーっかり忘れてました。(;^0^)/
以下、続き。

  5/30の昨日、ダムの方に行ってみました。
ヤマボウシがきれいなはずのこの道は、今年は雪崩で道がもって行かれたらしく、
通行止めとなっています。ただ、現場の少し前から、別方向へ行く林道があって、
その道では以前、ヤマエンゴサクを確認済みです。だから、こちらの林道と、
2番目にヤマボウシがきれいな他の道で我慢することにします。

  今の近郊の山は、ハコネウツギだらけです。大木にからみついたツルアジサイ?
らしきもの、も見ました。藤のつるは時々とんでもないところにからみついています
が、それが結果的に赦され、放置されていることに感謝したくなるほど素晴らしい
ながめです。

  大木なのですが、キングサリの花を白くしたようなの、これの名前は一体?
白い花を咲かせる樹木は様々な種類があっちにもこっちにもあるのですが、名前が
わからないのは残念なことです。

   里山の自然は「自然」なようでも、案外人の手が入っているものだとはよく聞き
ます。大体、私の通る道など、車で行けるところなのですから、大きな樹木などは
その昔、誰かが植えたか、でなくば切らずに残したものなのかもしれません。

  中尾佐助は「栽培植物の世界」(自然選書)の中で、ムクロジについて書いています。
ムクロジは絹を洗うために有用な樹木であり、日本の村落内にあるものは、まず
人為的に植えたものだとのことでした。

  同じムクロジを私は「この実は羽根突きに使うものだ。」と聞かされていました。
が、換金作物として作っていうrのなら何本もあるはずなのに、何故ここには 1本
しかないのか。私が実家の横にあるムクロジの名と用途を知ったのは、この本の
おかげなのでした。

   何が困るかと言って、自分が何も知らないことです。
樹木がそこに存在する理由も、しない理由もわかりません。大体、名前さえわから
ないことが多いのです。私は実にもったいないことをしているのだと、金沢の
山々が教えてくれます。

・・・・と、ここまで書いてまた忘れてたー。(:^0^)/
以下、その続き。

  6/8、あぜ道の草取りをしていたら、知らないオバサンがやって例のごとく花を
ホメてくれました。が。今回のホメ方にはひとつ違う言葉がくっついてきたのです。
「私も前はこの道の草をとりにきたのだけどね。」  という言葉です。

  ここには、誰のものでもない農道に対して、責任感を持つ人々がいます。
私は、随分長い間、その言葉の意味がわかりませんでした。

  買ったまま積ん読状態の宮本常一「庶民の発見」:講談社学術文庫 を久しぶりに
読んでみたら、全ての言葉が東京で読むよりも実に素直に頭の中に染み込んできて、
おかげでやっとわかったのです。つまりこれは「村落共同体」の記憶を持つ人々の
言葉であるのだと。

  現在の「道」は道路公団が税金で勝手に作り、なにかあれば直してくれるもの、
となっています。ですがそれは本来皆のものであり、崩れれば家々それぞれから人を
出して補修するのが当たり前でした。

  「昔は、雪が降ったら家族一同表に出るときには手に手にスコップを持って出た
もんだ。」と私より若いタクシーの運転手から聞いたことがあります。年寄りから
子供まで全員が、雪が降れば雪をのけて道をつくり、草が生えたら皆でとって歩ける
ようにする、そういった記憶が体に染み付いている人々が、あぜ道の私に声を
かけてくれたのです。

  なるほどこういうことかと納得したとたんに、それなら、あのあぜ道だけでも、
私がいる間だけでも、続けようかな、つきあってしまおうかな、と改めてそんな
気持ちになってきました。

  それは道ではあるけど道だけではなくて、地面なのだと。花でもって地面や
お日様や雨や季節、こんなにいいものはないのだと見せてやろう。
(って、こんなクサい言い訳を考え出してまで、種を蒔きたいのですね。私は。)

  冒頭の、孫がいそうなオバサンは、私から「琉球月見草」をもらって気をよくして、
すぐそこだから遊びにきてくれ、と言ってくれました。
3年めに入って、初めてこの土地の人から言われた言葉でした。

  6/14・・・って、ああもう原稿離れが悪いのもほどがある。次にします。(^^;)