フリマのえもの
フリマが終わった。
残ったのは大量の100円玉、と少々の1000円札である。
儲かったかと言われれば非常に怪しいが、例えば植物の会の種苗交換会には
出せない類の苗(おっきくなりすぎたコニファーとか)が片付いた。
そしてなんだかんだ言って、面白かった。
にしても、今回のフリマはすったもんだがあった。
1週間前になっても主催者がわが広報というものを全くやってなかったのである。
チラシが出来たのが3日前って、こんなんありか。(^^;)私までチラシ配りを
手伝ってしまったではないか。
それでも、チラシ配りもけっこー面白かった。
世の中には本当にさまざまな種類のポストがあり、ポストまでたどり着いてみれば
そこは普段、通りがかりの風景とは全く違ったものであり、時には立派に育った
植物やらきれいな寄せ植えまで見せてもらった。平たく言えば、「覗き」だが。
しかし、チラシなんぞは2週間前に出来ていれば要所要所に貼ればいいだけの
ことで、それなら100枚作ってもまだ余ったはずなのである。「チラシ、あれば私も
配りますから」と言ったときは5日前、そのときは50枚ほど手ごたえがありそうな
お家に私の手ずから入れちゃおうっと、と思っていたのだが。
私に返ってきた答えは、「まだ出来てなくて。」というものだったのだ。トホホ。
そんなこんなの苦難の末?当日の朝はきて、私がこれを何から始めたのかといえば、
庭の甘夏みかんの収穫であった。たった12コかそこらしか残っていない、放任栽培
ゆえの無農薬甘夏で、マーマレードを作る人にはちょうど良い。売れなければ自分が
食べてしまえばいいのである。で、どうせ庭から採るのだから少しでも新鮮に、
実どころか、皮から汁が飛ぶようなものを提供したく、だから朝採り。
これは、すぐさま売れた。搬入の最中から様子を見ているご婦人あり、「地のものは
色も香りも買うのとは全然違う。友達にも、いくらでも作ってやるから地元で
作ってるお百姓を探してくれと言ってるんだけど、これがいっかな見つからない。」
・・・たぶんこの人が探すべきは、無人売店のカゴの中である。
これが普通の農家なら、放任栽培の品物なぞを売っているのがバレたら、仲間に
盛大に笑われることとなる。そして農家が売るのは箱単位であって、3コ200円、
という単位ではない。こういう品物こそは、フリマか無人売店のためにあるのだ。
「欲しい人がいるかもしれないから、一応出しておくか。」といったふうな。
その日は隣の共産党のおじさんも店をやっていたが、これが見事に普通の不要品
だらけ。この人の庭にも放任栽培の夏みかんはある。それで、「お宅の夏みかんも
売ればいいのに〜。」と言えば、「やだよ、だってあれは、皮ばかり厚くて。」(^^;)
ああ全く人の思惑の、なんとわかりにくいものなのか。
それでいて、「言われてみれば、無農薬なんだよねえ!」と喜ぶ。
無農薬に無消毒に無肥料が揃えばそれは無農薬農産物ではなくて、放任栽培で
出来た棚からボタモチ的産物なのであるが。世の中の無農薬の農産物が自分の甘夏と
同じであると誤解をされても困る。
思惑違いは続く。ラムズイヤーが早々に売れた。株分けでふやしたオレンジ・
ミントも売れた。香りを嗅がせたら誰もが喜んで買った。「1ポット50円」なら、
悩むより買った方が早かったのだろう。同様に株分けした宿根ネメシアやブラキカム
も売れた。いずれも小さいが花はちゃんと着いていた。だから売れたのか??
モノは土を節約するためにも小さなポットで作ってあったし、株分けしたぶん
本当に小さくて、もしかすると通常売ってる株の大きさと比べたら50円でも
とんとんなのではないかと思えるほどの大きさである。あれはなんだったのかと
考えるに、小さいから、流行のミニ観葉のノリだったのかもしれない。ミニ観葉でも
150円くらいはするから安いといえばまあ安いのである・・・???
多肉植物の寄せ植えは売れたり売れなかったりだが、良い鉢が見つかっていたため
強気の値段設定で、結果的にこれが一番儲かった。だが、思わぬお金(小銭ともいう)
になったのは、高いのを買ってくれた人へのオマケにしようとラティスの裏に
荷物と共に置いてあった植物であった。
ああ、そこはビニール袋とか置いてある裏舞台なんだから入ってくれなきゃいい
のにと思いつつよそのお客の相手をしていると、暇な他の客は物色がてら
そんなところまで入り込んでくれる。それで、わざわざ難アリを選んで持ってきて、
「これ、いくら?」と聞く。
少々難ありだからオマケ程度に考えていたのに、タダでくれるわけにもいかない
からと「ええっと、200円?」などとふっかけて?みるとこれがまた見事に買って行く。
裏に置いた植物こそが顧客満足度No.1、ってこんなんありか。ほんと、思惑違い。
放任栽培の甘夏より、こっちを売る方が恥ずかしかった。
苗床は、少し売れた。「実験ね。」と言って買ってくれた人もいた。その通り。
そういう人に買って欲しかった。だから、「これからうまく育てられれば、超お得!」
と言ったものだ。50円の小さなポットの中には、例えばペチュニアの本葉1〜2枚
きりのが20も入っていた。これから散々苦労、いえ、楽しむがよい、はっはっは。
レタス・ベッドは売れなかったので、オマケにつけてやった。多分、なんだか
わからなかったのだろう。それでいてバジルや青シソは早々に売れた。来年は種子
から育てておこうと思うくらい売れた。ニガウリはちょうど自分の分を残して
売れた。(後で冷や汗かいた ^^;)
売れた金額を元に1ポットの値段、客単価を考えてみれば、9時から終了時間の
2時まで立ちっぱなしなのは当たり前の話であった。終わり頃、さてと周囲を
見回してみれば、1枚10円の昔懐かしサロペット・ジーンズなぞが残ってたり
した。1ポット50円というのは正しかった。バジルの苗が100円の苗を改めて3つに
分けておいて売ったものであろうとも。(だって混みすぎなんだもん〜。)
次はやるのかどーなのか。次は11月である。時期が時期だから、園芸関係は
出来ない。いっそもてあましている古着を売ってしまうか。が、値段は
クリーニング代そのものとなってしまう。くだんのジーンズのように、1枚10円
というわけにはいかない。
しかし、自分の植物と出会うのはいいが、元・自分の洋服を着た人とそのへんで
出会う、ってどうなのか。そのへんがちょっと、ふんぎりがつかない。
大体処分できなくて売ることを考えるくらいだから、ある意味ハデなものばかりで
あって、見間違いようもないものばかりなのだ。
だからと言って、洗濯が利くベーシックなものとなると、大抵着古してしまって
売るような状態では残らないし、買う方も期待してはいない。いまどきの古着とは、
着るものがないからではなく、お金がなくて、でもなんとしてもオシャレがしたい
から手を出すものなのだ。(女の業、って感じでちょっと怖い・・・^^;)
とはいえもう少し先の話である。
今はハンギングバスケット.の展示会に続いたフリマに熱中したせいでつもりつもった
家事をなんとかせねばならない。振り返ってみれば、あーら大変、大惨事なのであった。