10月が終わって
「過渡期」をやっている。
知人も3年くらいはどこをどうしようかと、ぼけっと庭を眺める日々が続いたと
言っていたが、私はもっとかかりそうな気がする。
とりあえず今は、苗を養成中である。人によっては、苗なんていつでも養成中では
ないかと言いそうだ。この場合は、門から玄関までのミニ・ボーダーに使うための
苗なのである。春の一時の最盛期、踏み石以外は花で埋める予定で白と青の
矮小種を養成してるわけだ。
地面もこしらえなければならないが、こちらはあぜ道でやってたことを思い出せば
よろしい。堆肥と肥料を混ぜ込んで植えていけば、余程の土でもない限り、
そこそこ咲く。そしてそれを繰り返せば、段々、余程の土になっていく。(^^;)
草花だけで構成することになるこの花壇なら、殆ど面倒はない。
いや、本当はあるのかもしれないが、面倒がないように運営していくのである。
ここはオモテの公道から良く見える場所なので、「わかりやすい」花で、きれいに
しておくことになる。
問題はいつでも「目隠しの樹」である。斑入り葉のオオデマリは先日届いたが、
これは30cmかそこら。知人にお願いした雲南桑は挿し木で発根中。各種ユーカリ
は成長中だが、15cmがいいところ。自分の好みの植物で庭を構成することの、なんと
手間がかかることか・・・って、これがまた楽しいわけだが。
この庭を手に入れたときは、「あと40年はあるはずですから、少しは楽しめるはず
ですね。」とかなんとか、スカしたことを言っていた。今は、やっぱり40年くらい
では足りないような気がしている。
今度は園芸を続けるために「長生きプロジェクト」、なんてのが始まるんだろうか。
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実家に帰ってきた。
私が送ったパンジーの苗が、定植してあった。よしよし。
いただきもののステビアも、中々美しい草姿でゆれている。
重宝するだろうと蒔いたパセリがざくざく出来あがっている。
ハーブの類、ちょっとした野菜は家のそばにあった方がよろしい。
てなわけで、ミョウガはあるから、来年春は青シソにバジルなどなど、
出来ればプチ・トマトも1〜2本植えて、と勝手に予定を立ててしまう。
来年春ならまだしも、パンジーの広くとった株間を見ていたら、なんだか
こう、まだなんとかなるのではないかと思い始め・・・それでつい母親に向かって
「この株間に、ラディッシュを蒔こうか?」と言ってしまった。
「へ?ラディッシュってことは、ハツカダイコン?」
「そう。パンジーなら、冬の間は大体この株姿のままだし、そしたら今から蒔いても
パンジーが大きくなる前に収穫だから、日当たりと肥料を競合しなくて済むんじゃ
ないかと思って。大体、ラディッシュもあると結構重宝するもん・・・あれ?」
母親の顔色は変わっていた。
大事なパンジー(送ってあげたのは私なんですけど〜)の間に、そんなものを
植えられるのが、どうにも許せないらしい。おい、それは差別というものでは
ないのか!
大田舎に住む母にとっては、食べられるラディッシュなんてのは、例えて言えば
ウシや馬のようなものである。大根がウシや馬なら、ギボウシやホトトギスは猿や
野鳥の類であり、パンジーはペルシャ猫やダックスフントって感じで。
これが、土地柄や身の上によってはパンジーを軽蔑したり、ギボウシやホトトギス
を大事にしたり、ウシや馬に気高いものを感じたりすることになるのだろう。
どっちがえらいとか下品とかいうのでなく、私にとってそれは並列に存在するもので
あり、必要なら植えりゃいーじゃんとしか考えられないのだが。
そういうのは少数派であり、なおかつ。
いかんせん、地主の意見には逆らえないのであった。(^^;)
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我が家の園芸好きというのは、どうも直系の娘だけに遺伝するようだと
友人に言ったら、「それは多分、お嬢様という意味じゃないの?」と返してきた。
なんだそりゃと聞いてみれば、「嫁」という身の上では、色々やるべきことが
多すぎてのんきに花なんか作れないというのである。
言われてみればそうかもしれない。
母も祖母も家(というより、人力には広すぎる土地)のために働いてばかりいた。
母が花を植えられるようになったのはここ最近のことであるが、どうもそれは
たんなる「余裕」の象徴であり、踊りや琴のお稽古に行くのと同じなのである。
ところで、そう言う友人の母親こそは、嫁のくせにお嬢様をしていた。
話によれば女ながらに県でも指折りのスーパー・エリートだったそうで、
家事のやり方にお小言を言う姑さんに、「私はこの家に女中をやりに来たんでは
ありません!」と口答えしちゃうくらいの人だった。
それって、大正生まれの九州女のセリフじゃないはずなのだが、そのパターンで
友人の母親は六人だか七人だかの子供を産み育てつつ仕事も園芸やっていたらしい。
「手のかかった煮物なんて、私はろくに食べさせてもらったことないわ。それで
私、あるとき怒ったのよね。そしたら、花は生きてるんだからと言うの。花だけじゃ
ないっての、娘の私だって生きてるのよー!!」と、友人はこう語るのである。
それだけではない。話はこう続く。「あんたの話聞いてると、母親を思い出すわ。
昔、休耕田に作った大豆の後に、コスモス植えたことがあるのよ。一面の、立派な
コスモス畑になって、近在の人が皆喜んだのね。ところがそのコスモス、一面に
あるんだから少しくらい採らせてあげてもいいわけじゃない?それを赦さないの。
たまに切っていく人がいると、それを物陰からみて怒ってるのよ。他のことは
どうでもいいような顔してるくせに、花のこととなるといきなりケチくさくなる
人だったわ・・・。」
私を見て、そういうことを思い出してほしくはないのだが。
ともあれ、嫁という身分のままごり押しで園芸を楽しんでいた彼女の母親こそは、
超の字のつくお嬢様なんではないか。
今は世の中が変わり、うちの田舎では嫁の方が園芸を楽しんでいて、舅さんたち
だけが農業をやっている。そういう条件でないと、お嫁に来てくれないそうである。
別にスーパー・エリートでなくても広い土地で花だけ作っている。
農家に嫁に行けば、お嬢様になれるということだろうか。