ここ最近買った本のことなど


 「A−Z園芸植物事典」を買った。金、38000円也。
RHS関係の事典は他にもあるが、内容が英国を前提としているので、実際使おうと
してもカタログ同様、翻訳にはヒネリが必要となる。たまにゃー他人の翻訳を
頼みにしてみるか、というわけで、今回は日本語版の発行を待って買った。

 問題は、その翻訳に38000円の価値があるのかどうかであるが。
パソコン通信で名前がわからないというわけで盛りあがっていた植物も、
「インターネットではこの和名では出てきませんでしたから、これは流通名なので
しょう。」と決め付けられていた植物も、もらったポット苗についでに入って
いて気になっていた植物の名も、全て判明した。とりあえずは。

 そしてこの事典の最低気温の表示には、何故か英国と日本で違うものがある。
著者によれば、「あちらは温室で作るせいなのか、最低気温が甘い。」のだが、
だからと言って原文を無視するわけにもいかず、そうなってしまったらしい。
つまり日本の最低気温というのはこの御大が全て自分で試したものなのである。

 そんなこともあって、監修の先生はこの御大の「仕事」を激賞していたが。
御大は、「まあ、生きてる間に出て良かったよ。」と、あくまで飄々となさって
おられるのだった。・・もののついでですから、長生きなさってくださいね、ほほ。

 「A−Z園芸植物百科事典」、お値段は38000円。そして、重さ5kg・・。

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 「三人寄れば、虫の知恵」が、やっと文庫本になった。
初版は1996年と書いてある。(すると私は、大分の市立図書館からこれを借りて
読んだことになるな。)惜しむらくは、味のある表紙が変わってバカみたいなのに
なってたことだが、仕方ないか。←著者三人の顔写真に向って、なんてことを!

 初めてこれを読んだ当時、私は転勤族という身分の孤独な園芸初心者だった。
結局この本から、昆虫に限らず、モノの見方、考え方を習ったような気がする。
おかげでこの対談集以来、養老孟司、奥本大三郎、池田清彦の3人の名前は、
「機会さえあれば結婚して欲しい人々リスト」の上位に入っているのである。←無茶苦茶

 園芸するには(害)虫は敵だし、虫にとっては限られた食草をとられてしまうと
くれば両者の世界は相反するばかりだが、私はそれよりもこのような対談集が何故
植物の世界で出来ないのかと、どこかにそんな本はないのかと、思い出すたびに
考えたのである。が、未だにそういうのには出会っていない。しくしく。

 これ読んでいるとうれしくなってきて、言いたいことがたくさんあって、
ありすぎて、言葉にならない。てことは結局これ、書評にもなんにもなってない
ということでもあるが、まあ一応読んでごろうじろ、ということで。
新潮文庫、「514」円。

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 「バカの壁」養老孟司著:新潮新書 680円。

 「話せばわかるなんて、大ウソ!」と帯には書いてあるが、私自身としては、
それは多分、話し方が悪いのだろうと常々思ってきた。良くも悪くも発言の場所が
あったので、問題はいつでも「どう話せば(書けば)伝わるのか?」ということ
だったのである。

 話が伝わらないのは、前提条件たる常識の違いか、でなくば聞いちゃいねえか、
のどちらかであると気がつくに至ったのは、この本のおかげではなく、自助努力の
おかげであった。いやー、悩んだだけのことはあったのかもしれない??

 一対一の場合、相手の利益というか、損得勘定に合致させれば最低限耳だけは
貸してくれることだけは今頃になってやっとわかった。そして、美意識やら問題意識
で動く人はそうそういないということも・・・これって遅すぎ?

 養老孟司は、相手が利口だと思って説教してもダメで、どれくらいバカかという
ことがはっきり見えていないと説教も説得も出来ない・・・と書いているが、それは
結局このことである。夏なのに、お寒い話だが。

 ところで、私も説得されたり説教されたりすることがある。
しかしその内容たるや、損得勘定にからめて話をされることはあっても、美意識や
モラルを持ち出されることは、殆どない。(それならまだしも、損得勘定でさえも、
全部相手の利益につながっていることがある。わーすごい。)

 くだんの人々の常識やら世界観が私のと違うということなのか、それとも私自身が
損得勘定で生きている人間であると思われているがゆえに、説得の技法として
損得勘定を説かれることになるのか、どっちなのかはよーわからない。

 いたたまれなくなるのは、それが相手の純粋な善意から出ていたり、
自慢話の一端だったりすることだったが、それが我慢ならんと言ったところで、
それこそは相手が聞きたくない言葉そのものなのである。
聞きたくない言葉は、相手には聞こえない。

 すると最悪は、「機嫌が悪い」といったレベルで受取られて終わりかねないのである。
ここまで来ると、バカとは相手のことではないと、さすがの私も気がつく・・。
しかし、それでも通じる言葉を考えるのをやめることが出来ない。
バカなのは、やはり私なのだろうか。