贅沢な悩み
お尻の毛も生えそろった。
というのはもちろん私ではなくて、通いのネコの話である。自宅療養のせいで
太っていたのも一度はやせて、その後、改めて冬毛になって真ん丸い。
遊びに来ては私のズボンをネコの毛だらけにしてくれる。
御近所の奥様が教えてくれた。リビングのサッシの外でちんまり待ってるネコを
なでようとしたら、うちの玄関の戸が開く音が聞こえたとたんにネコはたーーっと
うちに向かって走り去ったそうである。
こちらも教えてあげた。ある夕方、ごろんたごろんたと、「かまって」ポーズを
するネコをなでてやろうかと手を出そうとした次の瞬間、目の前の道を車が通った
のである。それをタクシーと確認し、再び手元を見たら、ネコはいなくなっていた。
さてはと思って隣の敷地を見に行ったら、タクシーから出て来たのはネコの
お母さんこと、隣の奥様であった。ネコは1時間も前からそこで待っていたかの
ような声を出して、ご主人様を迎えていた。
その昔、まだあまり慣れていない頃にも、そのネコが遊んでいる最中にいきなり
走り出したことがある。ネコは公道に面したナツミカン横のフェンスから身を
のりだして、これ以上伸ばしようがないほど身をのばして道を見ていた。
ネコが見てたのは、外出しようとするお隣の御主人の車だった。
ネコに時間の観念はないから、やりたいように外出したはものの、御主人が出かける
とは思わなかったのだろう。で、こんなところでお見送りするに至った、と。
ネコは元々ゴルフ場に捨てられていた。見つけたのは、キャディーさん達である。
どうにももらってくれとお願いされて、ネコはゴルフ場の顧客であるところの隣家の
ネコとなった。だからか、わがまま三昧してるようでも、それなりに義理堅い。
誰知らず、隣家の敷地から飼い主をお見送りするネコは面白哀しい。
そんなネコを甘やかすのが面白くてここまで来てしまった。
ネコの鳴き声は、遠慮がちな「あのう・・・」から、「行くよっ!」とか、「んもう、
何やってんのよう!」とか、そういう鳴き声に変化してきた。
遊び足りないときには、足にとびついてくる。
このポーズ、何かに似ていると思ったら、「金色夜叉」の、貫一とお宮であった。
ネコの首輪についてるのは鈴ではなくて、ダイヤモンドなわけか。
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ダイエットを始めた、と母が言った。
割と食べ物に弱い母が、一体全体どうしたのかと聞いてみれば、踊りを始めたのだ
そうである。その稽古場が一面鏡貼りで、つまりは自分の全身を他人と共に鏡に
映し見て、改めてげげっ、となったらしい。
娘として、稽古場のガマの油効果はありがたいものと一応は考えることにして。
私が驚いたのは、あのド田舎にそんな場所があるのかということだった。
先生は庭の離れに稽古場を作っていて、その一面だか二面だかを鏡貼りにして
いるとのこと。
とにかく熱心な先生で、お稽古の間中しゃべるは踊るは、いっときもじっと
してることがないらしい。「おかーさん、それってすごくいい先生に当たったって
いう意味じゃないの?」すると母は言った。「普通は先生は座ったまんまで、
ああしろこうしろ言うだけらしいね。」
問題は、母の方だった。
母は、なにかの時にちょこっと踊れれば便利(実際、慣れるとどんな曲でも踊れる
ようになるらしい)くらいに思ってただけだった。それがこんな先生に出会って
しまい、見境のない、と言っていいのか悪いのか、とにかく懇切丁寧な指導を
受けちゃったのである。
母はひきずられるようにして、頑張っている。めでたい。
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「頼みもしないのにエラくなっちゃって、おかげで大迷惑!!」
酔ってそう叫んだのは、1月のことだった。ちなみに偉くなったのは夫である。
迷惑感じてるのは私である。夫が勝手にそうなっただけであり、私が頼んだわけ
じゃーない。
おかげで、帰って来やしない夫のために作った夕飯を、温め直して朝に出すという
日が続いているのである。昔はエラそうな顔と態度をしてるだけだったのに、本当に
偉くなってしまうとは・・・。おかげで休日出勤も呼び出しも、何でもありだ。
戦争が始まった日の朝、夫は言った。
「今日はオレの誕生日だが、わかっているな?」「ああ、忘れてた。で?ケーキとか
必要なの?」「別にケーキなぞはどうでもいいんだ。たんに、冷たいものは美味しく、
温かいものも美味しく、熱々に出して欲しいだけだ。なお、品数は・・。」
「それはいいんだけどさ、アナタ本当に、まともな時間に帰って来るの?」
答えはなかった。そりゃそーだ、保証の限りではないからな。
そして夜、夫は本当に、「何時になるかわからない」と電話してきたのだった。
おかげで私は、致し方なく一人で夫の誕生日を祝い、カニを食べることとなった。
こんなものをたった一人で食べなければならないと思えば、泣けてくる。
だから出世などは迷惑なのである。
シャンパンを用意しなかったのは、かなり惜しかったかもしれない。