転 勤 とオマケ

 春も終わるという日に、内示が出た。
夫以外の他の人々に、である。引っ越しだけはしないで済むものの、フォローで
忙しい日々が続いている。夫が。

 送別会の席では、夫の上司がお酌に来て、「今回は良いところに入れられず、
すまなかった。」と言ったそうである。そういう話になると本人以上に色めき立つ
奥様、というのがいるらしい。私も色めき立つ。
「あんたって人は、何か頼んでたの!?」

 「いや、何も〜〜。というか、この年になって自分を見てくれている人がいるとは
思わなかったんで、驚いた!」そうかそうか、それはまあそうだよな。でも、
オジサン同志、どういう関係なのかと私は一瞬びびったぞ。

 にしても、ちょっと惜しかった。というのは私、転勤はキライじゃないのである。
今でこそ植物という足かせがあるが、それ以前は、「どうせなら気候が良くて
食べ物が美味しいところを希望します!」と夫の上司に言い放ったくらいである。

 そして、よーく考えてみれば私の「植物」などは、今更2〜3年寄り道してみた
ところでこれといった問題はなく、それどころか違う土地や気候で園芸をしてみた
方が、まだ自分の糧になるのであった。

 金沢では、多分死ぬまでなかったはずの「雪」を体感することができた。
カタクリが咲く春が来て、山に行けばショウジョウバカマもキクザキイチゲも咲いた。
今より初心者だったが、それでも栽培はラクだった。

 土地柄、というものの存在はもちろん気候以外にも良いものが(^^;)ある。
大分では関の魚や安価なフグなどを堪能したし、社宅暮しながら土地の友達も出来た。
もうひとつの転勤先の金沢では和洋中華全てに馴染みの店を作る一方で、市場に通い、
家では地場野菜を料理するようになってしまった。

 現在の懸案は、沖縄転勤である。金沢に転勤することが決まったときには、友人
知己の間では非難ごうごうだった。「沖縄にはいつ行く?」というのが彼らのセリフで、
いずれも夫の案内でディープな沖縄を見せてもらうのを楽しみにしていたのである。

 実際、夫は沖縄出身者なので、沖縄と東京を往復するとか、でなかったら
沖縄据え置きで仕事する、というのも考えていたし、それはそれで面白そうだと
私も考えていたのであるが。しかし、沖縄転勤の辞令は、いっかなおりない。

 一体全体、ダンナの会社は何のために夫を採用したのかと不思議に思いつつ、
期待だけさせておいて、担当者責任とって〜!と言いたい。そんなことを期待する
私もいかがなものかもしれない。しかし、庭植えされた観葉植物や、二月のコスモス
もさりながら、とにかくとにかくドキドキすることが沢山あるはずなのだ!

 が、ないものはない。とりあえずあと1年、ここで物見遊山に励む。
皆様、よろぴく〜。

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 徘徊が好きだ。
子供の頃から好きだった。そして好きなのは徘徊であって、旅行の方ではなかった。
点から点へ目的地を移動して何事かを確かめるのではなく、狭い範囲の中で、
あんなものやこんなものを発見して、「面」として把握するのが好きなのである。

 子供のいない転勤族というのはおあつらえ向きだった。
一体ナンのために?いやその、だから、これといって意味のない徘徊をするために。
ああ、もしかして、私ってバカ〜?今更言うのもナンですけど。

 始めての転勤先、大分ではよく裏山に登った。裏山からは、別府湾が見え、反対側は
大分湾で、季節ともなればその海沿いの別大国道でマラソンがあり、中継のために
ヘリコが飛んだ。が、面白いのは海を見ながら立つ家々や、庭木や畑の有様だった。
まっすぐ山に入ると昔からある神社にたどり着いたが名所旧跡はどうでもよく、
それからなおも先に行くと放生池があり、水面も緑も美しかった。

 神社に至る前に横道にそれると、みかん畑をつっきって帰り道に近道できた。
みかんが実ってからはその道には入らなかったが、花の時期にはよく歩いた。
道端には、草イチゴの類も生えていて、つまみ食いしては歩いた。
子供なら、みかん畑を横につっきれたのだが。

 一度、東京に帰ってきた。このときも、よく徘徊した。
三軒茶屋も下北沢も自由が丘も経堂も徒歩圏内にあった。このあたりの距離関係を
知る人にとってはとんでもない「圏内」だが、いずれも小一時間か、それ以上
かければ十分たどりつけた。みかん畑も住宅街も、おんなじだ。

 それから金沢に転勤した。車を入手するまでは、歩いた。
ただでさえ金沢は戦災にあっていず、昔からの建物が残っている。だというのに、
歩いて30分ほどには風致地区があって非常に美しい家並みを残している。
帰り道はりんご畑の横を通った。(大分ではみかん、金沢ではりんご・・・って
ことは、もしかして、次はぶどう?パパイヤなんか、どうだろう?)

 やがて車を入手することになるのだが、そうなると郊外には車で出かけた。
逆に市街までは1時間から40分ほどかけて歩いた。近江市場からデパートから
図書館から食事場所まで、殆どがその中に入っていた。市場も民家も、私には
全て文化財だった。市内全体が、変えてはならない風致地区だった。

 そして現在、ここではと言えば。
やはり徘徊している。同じように裏道歩きが好きな友人も見つけた。
たま〜に会って、一緒にすっごくヘンな道を歩く。路地ほど、裏道ほどよろしい。

 初めて一緒に歩いたとき、昔からあるらしい大きな家を道から覗いたら、
庭にヤギがいるのが見えた。「ここまで来たら、ペットはヤギなんだ〜〜。」
と二人で話した。

 そう言えば金沢市街に、カモを飼っている家があった。
肉としてもらったはものの、困ってしまって飼ったのではないかと思う。
こういうものを見つけてしまうのが楽しい。

 わかる人には、わかるのに!わからない人には、完全なバカ、なんだよなー。

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 はす向いの家に生後3ヶ月かそこらの孫が来ていた。
まだ結婚していない赤ん坊の叔父や叔母まで赤ん坊を珍しがって遊びに来て、
中々賑やかだったらしい。

 が。来たものはいつかは帰る。珍しい赤ん坊がいなくなれば、叔父や叔母も
来ない。なんだか火が消えたようで、と奥方は私に向って言う。
と、そこまでは普通の話だったのだが。

 ちょうどやって来た通いのネコをみて、
「こうなりゃコレでもいないよりゃマシか〜。」
・・奥方はタメイキと共に暴言を吐き、ネコの背中を念入りになでたのであった。