新築の記  その2

 地鎮祭。お供物を用意しなければならない。
工務店の社長は日本酒、米、塩のほかには「山海の珍味を用意することになって
おります」と言う。山海の珍味って例えば何かと聞いたら、一覧表を用意してくれた。

 それによると、ニンジンだのサトイモだの泥ゴボウだの、ハスや大根までは
いいとしてバナナにグレープフルーツに昆布、スルメ(鯛の代用とのこと)ときた。
「珍味」とまで言うのだから山の方はマツタケ、アケビあたり、海の方はアワビや
イセエビを想像していたので「助かった」というのが本音であった。

 助かりはしたが、しかしこうなると今度は普通すぎて面白くない。
考えてみれば夫は沖縄生まれ、その気になれば土地神さまを前に物産展が開ける
ではないか!てなわけで黒砂糖にカツヲブシに苦瓜、なんか加えてみた。神主、
苦瓜に目を見張っている。なるほど、珍味?

 お神酒は日本酒と泡盛の両方を用意していた。それで「お神酒はどうなさいますか」
と言われたときには迷わず「泡盛を」と答えた。いやー、お神酒って土地に
振りかけるとばかり思っていたのに、飲むんですね、あれ。

 神主も工務店関係者も車で来てるのに、泡盛を一気?と少しおびえたが。
もちろん例の平たい小さい杯で、関係者一同「飲んだ真似」をしただけだったが。
こちらは違った。夫が買ってきたそれは古酒だったのか、異様に美味しかったのだ。

 コレは大変、と自分の分だけでも最後まで飲み干そうとすると
 「雨ノ森さん、全部飲まなくてもいいのですよ。」と社長が余計なことを言う。
いえ、全部飲みたいのです。出来ればもう1、2杯。と心の中でつぶやくと、
後ろで夫が「意地汚いやつめ。」と聞こえるように言いやがった。

 誰が悪いのか、と言いたかった。

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 建前。
昔はモチを大量にまいて、その後は酒やら料理やら用意して大宴会となった。
現在はといえば、車とアルコールの組み合わせはご法度、ということで顔合わせで
終わってしまうらしい。つまらなくもあり、ラクでもあり。

 ただしお祝いはお祝いなので、関係各者に配るべく、赤飯を用意した。
お酒も買った。心配した母が、縁起物のイセエビを送ってくれた。漁協で買った、
もぞもぞと動いている活伊勢海老、である。

 工務店の社長に丸投げした分は良かったが、問題は、私にくれたイセエビであった。
料理しなければならない。責任は私にある。助かることには、造り方を印刷した紙が
箱に入っていた。それで生まれて初めてのイセエビ料理、にも関わらず中毒も出さず
(当たり前だっ!)胃の腑に収めることができたのである。

 半分は刺身で、もう半分は焼いたが、その際には金沢の香箱ガニ(ズワイのメス。
オスと違って美味しいが小さい)で鍛えた腕前で脚までさばいてやった。アレは生でも
けっこー身離れが良いことも知った。美味しいとかなんとかより、良い経験が出来た
気がする。

 ご馳走と言われて何を想像するか。
一説によえば、田舎の子はステーキと答え、都会の子はお刺身と答えるそうである。
だがどうせならもっと細かく、田舎でも山の方と海の方、海は海でも北と南、
日本海側と太平洋側、と分類すべきだと思う。

 漁協の生簀で売っている、さらには漁協が存在するだけあって実家あたりは
イセエビでは驚かないが、活きたカニの方が入手しづらい。能登の知人によれば、その
反対で、カニはごろごろしているがイセエビは近場の海にいないので珍しい。

 少し前までは五島列島ではイセエビは子供のおやつだった、と聞いたことがある。
金沢あたりではカニがおやつだった時代があるそうだし、船を持っているような家
ならば、今でもおやつかもしれない。(さつまいもみたいにゆでて積んであるのか?
ただし、脚の数がそろってなかったりするのではないかと推測する。)

 イセエビといえば必ず思い出すことがある。
子供の頃、都会から来たおじ夫婦と共に叔母のところへ遊びに行ったところ、
お昼が振舞われた。そのときの味噌汁の具が、イセエビが丸ごと入ったものだった。

 なんで覚えているかと言えば、珍しかったからではない。
私は熱を加えたイセエビの味があまり好きではない。それでイセエビを残した。
そうしたら叔父が言ったのである。「ハルカちゃん、それ食べないなら僕に
ちょうだい。」と。

 この叔父という人が鄙にはまれな、背が高く色白のハンサムで、おまけに大学で
教鞭をとっているという人で。つまり子供の私はあこがれていたのである。人の
残り物をいただこうとするなんて、と実に実に幻滅してしまって、それで
覚えている。

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 お金。
はっきりきっぱり、すってんてんである。どこで貯金を勧められてもそう答えることが
出来る。郵便局の場合はこれで引き下がってくれる。だがそれも相手が銀行である場合、
「借り入れの方はお決まりですかー?」と返されてしまう。無念である。

 フツーに、なにげに、かるく、すってんてんである。
てなわけで、80円時代に作ったドル預金を今!円に換金して支払いにあてようと
銀行のATMではない場所に、久しぶりに入った。

 お金を手放すのはつらい。それでせめて何か楽しいことでも、と思い時節柄と
場所柄を考え、これみよがしにバッグから携帯電話を取り出して隣の夫に向かい、
「ねえあなた、あの子は大丈夫なのかしら・・・」と、つぶやいてみせたが。

 夫が笑っただけで、もちろんドルが急騰するなんてことはなかった。

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 どうこうしている間に、3回目の支払い後、1ヶ月を経ずして家は出来上がりそうである。
その1ヶ月の間には正月もあれば引越しもあるわけで、未だ予断を許さない。
例えば庭の物置を「後でいい?」と言われて危なくうなずきそうになった。

 もしも引越しした時に物置がなかったら、以前、物置に入れてあった品物を全て
段ボールに入れたまま、庭に放置することになるのに!しっかりしなければと思う。
思うがしかし、未だかつてしっかりしていたことなんかあっただろうか。

 私は迂闊な人に優しい。理解がある。そりゃそーだ、自分が迂闊だからである。
こんな私がしっかりしなければならないとは、何たる災難か。しかし家を建てるという
のは限りないパズルの連続。プロだって間違うのに素人が間違わないはずがない。

 それでなくとも、建前の翌日、母と一緒にお参りした川崎大師のおみくじでは
見事に凶を引き当てている。その帰り道では、目の前をダメ押しとばかりに
クロネコが目の前を横切って行ったし。あううう。

 毎朝の仏壇へのお祈りが以前よりずっと長くなっているような気がしていた先日、
またクロネコに出会った。横切られてはたまらないので、平行に歩いてやった。
やはり、しっかりするしかないのであろう???

 ちなみに引越し屋もクロネコである。