新築の記 その周辺 1
「新築」には新しいという以上に輝かしい響きがあるらしい。
しかし本当のところは作ってある家を買えば建売りと呼ばれ、土地があって、その上で
家を建てれば新築と呼ばれる、というだけのことである。
新築が建売と違うとしたら、それは施主の理想や趣味を反映させることが出来る、
はずなのだが。でも世の中そんなに家に確たる理想や趣味がある人ばかりではない
はずで、だからこそ建売が売れるのだ。下手に土地があるから新築することになって、
大変な目にあった人はいくらでもいると思う。
3度建てなければ理想の家にならない、とは良く言われる。
不満のない家などない、とも言われる。そう思えば救われそうなものだが、なんと
「訴訟になっている」という家を教えてもらったことがある。外見は普通に見えたが、
何があったのやら。
うちの場合は土地があったので新築ということになった。
私は夢を見なかった。いや、ちょっとは見た。とはいえ、家なんてのは結局機能、
後はみっともなくない程度にまとまっていればよろしいというのが基本姿勢である。
そんなわけなので、地味な家を作ってみた。
以下、新築にまつわる話をまとめてみた。
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「引越し」
今住んでいる土地に家を建てるために、まずは現在の家を取り壊さねばならない。
というわけで、引越し、仮住まいをすることになった。
しかしながらこの引越しというものが大変で、家を建てると家族から病人が出る、
とは良くいわれるが工務店の社長によれば、「あれは家作りではなくて、引越しで
やられるんです。」とのことである。確かに、転勤族だって疲れるのに、何十年も
どっかりと同じところに住んでいる人々が平気な方がおかしい。
実家を建て直して母堂と同居する予定の友人がいる。
彼女のところは妹さんと二人姉妹で、結婚して何十年経とうが実家の部屋はそのまま。
「部屋には、大学の入学式で着たブラウスが残っているの」って一体!!
しかし、7年住んだ家であろうと、私は元々転勤族の妻なのだ。てなわけで久々の
引越し、完璧にやったろうじゃないの!と決心した。不要なものは近所で色々
社会運動に携わっている奥方にカンパし、荷物はトランク・ルーム行きと仮住まい行き
で分け、可能なものは前日までに梱包し終わった。自分の担当のものだけは。
しかし、そうはうまくいかないものである。完璧な引越しを目指すなら、結婚から
気をつけなければいけないのだ。口をすっぱくして早くやれと急かす私に、「こんな
もの、すぐ終わるに決まってるじゃん」と答えてきた夫の「趣味の」荷物が当日
いつまで経っても終わらない。「いやー、見込み違いだったなー。」
と笑ってごまかそうとする夫に殺意を覚えたものである。
もちろん私も失敗した。今までの転勤は遠隔地だった。当日に荷物は届かない。
赴任先には何日分かの着替えを入れたトランクを携えていくのが通例だった。しかし
今回の引越し先はすぐそこである。搬出も搬入も当日。なので、着替えは用意して
いなかった。
9月のことで、夫は見込み違いを解消すべく汗をかいて働きまくった。
引越しトラックが去った後の夫は、アンダーシャツ姿となっていた。
その間抜けな姿で夫はタクシーに乗らざるを得なかった、その何割かは私の
責任ではないのか。懺悔。
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工務店が用意してくれた仮住まいは川崎市幸区鹿島田、にあった。
台所、和室、洋室、に納戸が1つ。二人なので十分である。関東地方における4ヶ月
から5ヶ月分の家賃は相当なものになるが、なんと無料!!有難や有難や。
で、この小さな仮住まいは家は良くみると色々と寄せ集めで作ってある。
床なんぞは、床材の色違いで作ってあるので、グラデーションにもなっている。これが
中々面白い。もっと上手に配置してあれば、寄せ集めに見えなかったかもしれない。
外に出ると、幸区は銭湯が多い。そしてあちこちに駅前でもないのに商店街がある。
川崎から武蔵小杉までの南武線沿線には、大小さまざまな企業が社屋を構えている。
その社宅や社屋周辺が商店街になっているらしい。
家並みは、ちまちましている。時に、どーんと広い敷地の家があるが、こちらは
江戸時代か下手するとその前から住んでると思われる。私達が仮住まいした家は色々と
入り組んでいる所で、隣近所への距離が近く、隣家の人のせきばらいが自分の部屋の
ように聞こえる。
建て込んでいるので助かったのは、台風のときだった。
何の心配もせずに済んだ。これなら下手なマンションよりラクではないかと思えた。
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同じ注文住宅でも、なんで工務店に頼んだのか。
夫が勝手に出会ってきたからである。工務店なので助かった。なんのことかといえば
不良資産家の父が少しばかり材木をくれたからである。
何年か前、実家の目の前の山の木が成長しすぎたので、人を頼んで伐採してもらった。
その中に、そこそこのケヤキが1本あり、倒した後は山の斜面に横にしてあった。
昨年になって、実家をリフォームする話が持ち上がり、今度はそれ用に使うべく、家の
目の前に聳え立っているスギやヒノキを、これまた人を雇って倒したのである。
父はやってきた職人達にここぞとばかりに、「実は娘夫婦の方も家を建てることに
なっていて。」と自慢した。「だったら。」と職人の一人が言ったのである。
「あのケヤキを転がしておくだけじゃなくて、娘さん達への祝いにしたらいい。」
スギやヒノキは簡単に乾くが、ケヤキはとても時間がかかるらしい。
何年か前に切って倒してあって、そろそろ頃合いというヤツだったのだ。
そのケヤキは私の同級生の兄が経営するところの製材所で製材され、実家の余りものの
ヒノキと一緒に送られ、工務店の倉庫に入り、玄関に使われた。
ちなみに私が子供の頃、スギが高価だった頃。売らずにいた特大のスギに雷が
落ちたことがある。一見不良資産のようでも、待てば海路の日和あり、なのかも
しれないし、そうならないこともある。色々ある、のだ。
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