信号・偉い・しつけ・砂糖てんぷら
ここは、信号である。
目の前でマジメにしみじみと待っているのは、人工金髪のお兄さんである。
左右を確かめもせずに渡って車に思いっきりクラクション鳴らされている
のは、小学校の校長先生みたいな外見のおぢさんである。
ちょっと見だけではわからないものだと思わせてくれる。
ここは、日本一自治体の構成人員の平均年齢が低い地域でもある。
昼間外を歩くと、乳幼児連れの母親としか出会わない。なるべくなら、子供の前
では信号無視はしない方がよろしいと私は信じている。つられて渡ってしまう危険も
さりながら、小さい子供の頭では、赤は止まれで青は走れ、それならまだしも信号
という認識さえないからである。
オトナの社会においては、青信号は「進んでも良いと社会的には認知されているが
事故の可能性はないわけではなく、それを考えれば痛い目にあうのはやはり自分
なのだからせめて注意してから進むべきである」となり、赤信号は「止まって青になる
のを待つのが確実だが、例外として自己責任の意味を知る者だけが赤信号における
道路の横断という行為をなすことが出来る。」・・・となるはずだが。
こんなん2〜3歳の幼児に教えるのは、どう考えたって無理!!それどころか
あたしゃここまできたら、「信号無視を行うのは、なるべくなら成人し自分で自分が
養えるようになってからが望ましい。」とまでつけ加えたくなってきたね!
というわけで、自分が住んでる近辺では信号に関してだけ、それも昼間だけ
お行儀の良いワタシなのであったがそんなことはどーでもよい。
信号に対する態度というのは個人とか地方色とかお国柄で色々幅があり、
例えば海外旅行先ではそのへんの違いが異国というものを感じさせてくれたりする
というか、たんにびびるというか。しかし、気合いと意思表示が信号となるような
国の方が事故は少ないと聞けば、それもわからないでもない。
そこでいきなり金沢を思い出すのである。
金沢で驚いたのは、オトナでさえも信号無視をしないことであった。車が来ないから
と言ったところで赤信号を無視する人は殆どなく、私はしばしば「あ、あの人悪い
コトしてる〜」とか、「そのような行為は感心しませんね。」みたいな視線で見られた
ものである。
それだけならいいわけでもないのだが。(どっちだ一体?)うちの夫などは何を
隠そう、信号無視しようとしたが為に同僚に羽交い締めまでされたことがあるのだ。
夫はたんに見とおしがよく、かつ車がいない道路を渡ろうとしただけなのに!
その時の夫はお酒を飲んだ帰り道で、周囲を見まわして肝心の車がどこにも
いないのを確かめ、さて赤信号を渡ろうとしたら、今の今まで自分のお財布もうまく
捜せないほど酔っ払っていたはずの会社の同僚がいきなり叫びながら突っ込んで
きて、ふと気がついたら羽交い締めにされていた、というのですね。
「雨ノ森さん、赤ですよ信号が赤!!渡っちゃダメです!」
夫はしばらく彼の言ってることがわからなかったという・・・。それも問題か?
行動様式は個人や土地柄によって大幅に違う、というのはあるにせよ、
金沢での発見はそれが「信号無視」だったのだ。いや、もひとつあるか。羽交い締め
までして止めてくれる親切心??
あの当時、金沢では連続車両放火魔事件というのが問題になっていた。
しかしあの放火魔も、よその車に火をつけこそすれ、信号無視だけは
しなかったのではないか、と考えてしまうのである。
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ある会合に出て来た。
偉いおぢさんが何人かいた。おぢさんが偉いのはおぢさんの勝手である。だが、
それにしても、何故、「社会的に偉いおぢさん」をやってる人々というのは
似通っているのだろう?
もしかして人間、「偉い」に関係することをやっていると同じような顔、つうか
イメージになってしまうのではないか。役柄が顔を作るとは言うが、それにしても
なんという迷惑だ。だって私には、見分けがつかないのである。
あっちの偉い人もこっちの偉い人も、皆同じに見えてしまう。
顔を見てるときはともかく、ふとあっちを見て別のことをし、さてまた同じ人を
探そうとするとわけがわからなくなってしまうのだ。いやほんとに。
ただでさえ人の顔と名前を覚えるのが苦手なのに、どうしてくれる!!
痩せた偉い人なら骨格という個人的なものが強調されるからか実にわかりやすく
様々なのに、何故、恰幅のいい偉い人というのは・・・兄弟にさえ見えるのか。
いやまあこれは冗談ですけど。
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電車に乗っていた。
乗り込んでくるなり、「ボク、座りたいよう〜!」とわめき出した子供がいた。
何故、誰も「僕らだって座っていたいよう〜!!」と喚き返してあげないのか。
(そんな面白い人がいたなら是非おつきあい願いたいものだ!)
その時は、おじいさんがひょいと立ち上がり、子供に席を譲ってあげた。
子供の母親らしき人は恐縮し、喜んで座り込んだ子供に向かって、「いい、そんな
自分の都合ばかり言っちゃだめ。我慢する、ってことを覚えなければ。」と
言い出した。が、子供の返事は、「がまんってナニ?」というものだった。
子供は3歳くらいだった。赤ん坊に我慢せよとは誰も言わないしなあ。
まだ教えられてなかったのかもしれない。で、私は笑ってしまったが、
夫によるとそこは「しばいたろか!」と怒るところだそうである。
ええっ、怒るとこなのこれ?あたしは別に・・・たんにおかしかったですけど。
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義姉の一人がサーターアンダンギーを送ってくれた。
「ちゅらさん」に何かというと出てきた沖縄のドーナツである。友達が作っている
のがとても美味しいとのことであったが、段ボール一箱!送られてきたのには
「やっぱり・・・」と思ったものである。
「ちゅらさん」を見ていたら類推解釈できる?ように、義姉の感覚としては
お裾分けをする相手がいないような生活、この世にあるわきゃないと思っている。
もちろんお裾分けもしたが、自分達でもかなり食べた。大体一ヶ月かかった。
日保ちがするもんだ。
それにしても。義姉の知り合いは、このサーターアンダンギーに、「ドイツの
蜂蜜かけてハーブのっけてチンして食べると最高!」と言ったそうである。
既に砂糖入りのドーナツに蜂蜜かけるかどうかはともかく、くだんのハーブは何なん
だろうかと考えはしたが、考えてるうちに食べ終わってしまった。だってチンする
だけで十分美味しいんだもん。
ところでサーターアンダンギーは9月の羽田空港(那覇ではなく、羽田の方!)
でもたくさん売ってたが、今でもあるのだろうか?