ノイズ
基本的に、眼鏡をかけた人が好きである。
しかし、何故か縁がない。自分にしてからがそこそこの視力があり、眼鏡が似合わ
ない。つかまえた夫も、運転中でもない限りは、面倒くさがって眼鏡をかけない。
従って運転中の夫の眼鏡の顔は、対向車のものとなる。私のものになっていたら、
ま、事故となるであろう。
てなわけで、眼鏡をかけた人間に囲まれることは長年の悲願であったのだが、
ここ最近になって、その望みがかなってきた。なんのことはない、周囲に老眼の人が
増えたのである。もっとも、彼らの晴れ姿??は眼鏡を使用しなければならない
ときに限られている。
眼鏡というだけでありがたい私(!?)に関係なく、そいつらは身勝手(?)にも
「老眼」を恥じ、極力眼鏡を避ける。老眼なんて珍しくもなんともないのに、何故
そんなに気取るのか。彼(女)らは自分が時間と引き換えに得てきたものが眼鏡
ひとつでぶっとぶとでも思っているらしい。安いのは、老眼如きを恥じる心では
ないのか。って、私ってば眼鏡見たさにここまで言うか。
老眼で思い出すのは、ある人の最初の記憶である。
その人は同じような型の別の人の眼鏡を自分のと勘違いしてかけてしまった。
で、やおら素っ頓狂な声をあげたわけだ。「うわー、これって、すっごい度数!!
XXさんの眼鏡ですよね?これって近眼と老眼の兼用なんでしょう?」
大声で驚く彼女になんら他意はなかったのだが、多分、天然ゆえに余計始末が
悪かったのだろう。振り返る人々と、ものすごい度数とやらの、老(近)眼鏡の
持ち主である御本人の、ぶすっとした顔。その人は40や50ならともかく、
70の人であった。
70の人が老眼鏡を使用していることを暴いた(ことになるのか、おい。)
彼女は後に私のお花の先生になったが、そのときは期せずして割りと天然な部分が
あるということ、そして「70になっても老眼鏡を恥ずかしがる人がいる」という
ことを教えてくれたのであった。
恥じる必要は、殆どない。大丈夫だ、眼鏡というだけで、なんか素敵に見える
ものなのだ。「うぇるかむ老眼鏡」、なんちって、なんとかそのへんの老眼の
持ち主が老眼鏡を使用する機会を増やすべく書いてみたりするのだが。
ほんと、私ったら眼鏡見たさにここまで言うか。(^^;)
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「うちでは365日、同じ料理が出ることがない。」
そう言ったのは、宇崎竜童ある。ほほー、阿木曜子(こんな字だっけ?)は
すごい!!とその時は思ったのだが。
考えてみりゃ、うちでも出来ないことはないのではないかと思い直した。
料理の本はたんまりある(理由としてはちょっと不適切)し、試しにやって
みようか。そう夫に言ったのは、半月ほど前のことである。夫、大喜び。
当然のこと(と言っていいのかどうか?)ながら、当分は普通の料理しか出て
来ない。それでもなんとかなる。前日の残り物は数えないことになっているし、
考えつくものを作っていけばなんとかなる。というか。他のことで頭が一杯で、
本を出してまで料理する余裕がないのであった。(宣言するのが早すぎたのね)
ということは、既にこの時点で当初の精神から外れているような気がするのだが、
目標は何しろ365日をクリアすることである。だったら最初はそんなんでも、結果さえ
出せば、というよりは、つじつまさえ合えばいいではないか。わははのは。
だが、それでは困ることがあるのに気がついた。
例えば、定番料理がある。ゴーヤ・チャンプルーなんてのがそれだ。一般的な、
カツオブシとタマゴという組合わせの他に、ポーク・ランチョンミート、モヤシ、
豆腐(チャンプルーに出来る豆腐を探し出すのは大変!)、などなどひねり出すに
しても、チャンプルーとして食べようとしたら7回に満たない。
ゴーヤ・チャンプルーはまだいいが、「カプレーゼ」なんてのは、どうなるのだろう。
トマトにバジルにモツアレラのいずれがどうなってもカプレーゼにならない。夫は
あれさえ出しておきゃー機嫌がいいのに、夫ときたら、年に一度しか食べられ
なくても良いのだろうか。
今のところ、ゴーヤもカプレーゼも季節外れになりつつあるという理由で二度は
出していない。だが、本当にこれって続けられるのかしら。
それでもって宇崎さんちって、本当に365日同じ料理が出ないのかしら?
それは逆に、淋しいことのような気がしてきたのだが。
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はす向いの家が、増築工事を始めた。
なんでも九州から持って来る仏壇のために仏間を増築するのだそうである。
工事を始めるにあたっては丁寧に、うるさくなるからと菓子折を持って御挨拶に
いらした。で、今や晴れてトンテンカンテンやってるわけなのだが。
ある日、なんかヘンだなーと気がついた。
菓子折つきの向こうの騒音より、うちの方がうるさかったりするのである。何故かと
言えばうちも工事中で、内容は日曜大工なのだが、かなづちやノコギリの音に貴賎の
区別、いえ、プロ・アマの区別はないわけで。
敵さんは土曜日も仕事をしている。しかし日曜は休みである。
そしてうちは土・日が作業日で、他の日が休み。するとどうなるかといえば、
敵さんの工事が終わるまで、御近所は年がら年中うるさいということになる。
向こうの工事は年内に終わるとかなんとか言っていたのだが、日曜大工は
御本人様が飽きるまで終わることがない。すると、うちの菓子折は一体??
やはり引っ越して来たときのアレがそれに当たるのだろうか?
申し訳ないと思うべきか、必要悪?と割り切るか、さもなくばこのさいとばかりに
両方の作業日であるところの土曜日に、一番うるさい作業を集中して行うことに
するべきか。一番前向きなのは、当然ながら・・・はははははは〜。
せめて御近所様一同、景気良く改築の増築のしてくれたら、
と祈るばかりであった。