なかよしこよし(←の、こよしって何?)
新生児室の横を通ったら、3ヶ月前の姪が、ごろごろしていた。
それなりの個性はあるものの、何はともあれ小さい。姪も少し前までは小さかった。
世間的には生後3ヶ月というのは十分に小さいお年頃?のはずだが、何故か
今までの小ささが惜しい、というか大きくなるのが淋しい。
赤ん坊の母親は、私に抱っこされているのをながめて「後姿から哀愁が消えた。」
と言う。私の肩にとりついてる少し前の姪の姿は、「哀愁」に見えたらしい。
今はなんだろう?「剛健」か?いやそこまでは行ってない。しかしベビー服は
ぱんぱんで、今や大福というあだ名さえついている。
むずかり始めた赤ん坊を抱っこして、部屋のパソコンの椅子でくるくると
回ってやると、3ヶ月の姪は見たことがないような顔をして喜ぶ。少し前までは
片頬あげてにやりとするだけだったのに、一体全体表情とか感情ってのは
どこからやってくるのだろう。笑うというのは、ただの合図ではないのだ。
そして、いくら喜んでいるからって、くるくる回り続けたとしたら。
いずれうれしいを通り越して、いきなり吐くに違いない。
自分で調節が出来ないところも、無垢のひとつとして数えることになる。
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いしいひさいちのマンガを思い出した。
鎌倉に大規模マンションが建つというので、建設反対の看板を立てる。
さすがは鎌倉、そんなものにさえも、筆をとるのは書家の大先生なのである。
しかし、それを見た登場人物は、達筆すぎて逆に迫力がない、とぬかす。
なんでこんな話なのかと言えば、絵をやっている友人から、手紙が届いたので
ある。彼女の絵の先生が、飼いネコがネズミをとってきたので叱ったら
それ以来、家出してしまったのか行方不明なのだとのこと。
先生はすぐさまチラシを作り、大家ゆえにこそ許されるつてというつてを探し、
あちこちに頼み込んで、ネコ探し(尋ね人ならぬ、尋ねネコと書くべきか?)の
チラシを張りまくっているらしい。しかし二週間たっても効果はないのだそうで、
先生、沈み込んでいるらしい。
どうやって慰めればいいのか、これ以上打つ手はないのかと聞かれて、
「ネコ寺に修行に行った」ことにして待つとか、「あまりにカワイイので連れ去られて、
今はよそのおうちでとても大事にされている」ことにするのが定法だと一応は伝えた。
(行方不明の犬ネコ探しをしてくれる探偵もいるらしいが、九州ではどんなものか)
が、それはともかく、私が見たいのは珍品とも言えるそのチラシの方である。
絵の大家が作った、愛猫を探すためのチラシ。そそられるものがあるではないか。
大家の書いた看板はいしいひさいちのマンガだが、ネコ探しのチラシは実在する。
聞いてみれば、問題のチラシはきちんと座ったネコの写真(あまりにきちんとして
いるので、まるで遺影のようだったと友人は言った。どこまで本気なんだかな〜
こいつも。)に、ワープロの文字(先生は、書の方は苦手らしい)で「ミケ」だの
「小柄」だのに続いて、「小食」と記されていたそうである。
ミケや小柄であることは一目見て判別がつくのだが。・・・「小食」?
先生、一体全体なんでそんなことを書いたのか。見たい。出来れば入手したい。
・・・そう言ったら友人に顰蹙をかったが。私は本気である。
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