様々な虫など

 どこにでも何かしらいるものらしい。
そうは言っても、それで済むわけではない。うちの場合、あまりにも多いので驚いた
のが、ダンゴムシだった。庭で何かを除けると必ずわらわらと出て来る。

 ダンゴムシも植物を食うが、致命的に食われるわけではなく、つまみ食いといった
体である。しかし、いずれは食われることになるのは間違いなく、種蒔きをはじめた
時点で、園芸関係の荷物の中の農薬をごそごそ探ることになった。

 農薬にも色々あって、最初はアリを殺すやつと兼用していた。
しかしこれが白く残るし、目の前のダンゴムシしか死なない。それでホームセンター
に行って、デナポンを買ってきた。食うは食うは、そして死ぬは。残ったものにも、
またやってきて食いついて死ぬは。うちの庭は現在、ダンゴムシの死骸だらけである。

 ダンゴムシほど困らないが、多いのが、蟻だ。
私の実家は大田舎にあるだけあって庭も広いが、そんなことには関係なく、この家の
アリは実家の庭より種類も数も絶対、多い。そして、家の中にまで行列を作って
くれる。

 最初に行列を作ってくれたのは、風呂場だった。何が気に入って風呂場に出たの
やら、とりあえず、ダンゴムシと共用の薬をかけた。これを身体に浴びたアリが巣に
帰ると巣の中のアリも死ぬ・・・のはいいのだが、これが一々、外に出てから、死ぬ。

 門柱にも行列が出来ていたので、試しにかけてみたところ、翌朝見たら
門柱の下はフリカケそっくりのアリの山が出来ていた。効果があるのはうれしいが、
これが家の中だと、どうもよろしくない。

 それで、家の中でアリを発見したときには、巣に持ち帰ってくれる薬を使用した。
しかし、この仕掛け場所が巣から遠すぎたのか近すぎたのか。アリが点々と廊下で
死んでいる、という結果を得てしまった。なんだかなー。

 その他、家の中、外に関わらず、クモも多い。
害虫を食べてくれると思えば歓迎すべきなのだろうが、惜しむらくは、クモは巣を
張るのである。この巣は、当然のことながら一番邪魔くさく、人間の目からすれば
いかにも格好悪いところに張られることになる。とっぱらったり自分がひっかかった
り、残そうかどうしようか思案したりで、忙しい。

 多分、これだけのクモが住んでいるのだから、見入りも悪くないのだろう。
その証拠に、照明器具のカバーの中は、小さなガやら虫やらで一杯である。
夫によれば、虫が入りにくい構造になってるのを買ってきたというのだが、いっそ
誘蛾灯をとりつけたかと思うくらいである。見栄えは悪いがしかし、ものは考えよう
で、あれにとっつかまってくれるから、そのへんに落ちてこないのである???

 蚊は、高台のせいか、それほど多くないように思える。思えるがしかし、いない
わけではない。かゆいなーと思ってみたら、何やら虫がたかっていて、ひっぱたい
たら蚊だった、というパターンも何度かあった。血を吸いすぎたせいで蚊とは
思えないほどの体型となり、そうなれば自分が重たくもあるので逃げ遅れたわけだ。
こういうのって、バカなのか、幸せなのか。

 バッタは、許せない。置き場所によっては、植物は、穴だらけである。
見つけたらさっさと捕殺するようにしている。しかし、でっかいのがトイレの床で
行き先に困り、途方に暮れているのを見つけたときには、さすがの私も芝生に放した。

 セミも多い。夏に入ったと思ったら、庭中、空蝉だらけとなっている。
幹だけ残して切ったみかんの樹のてっぺんなどは、空蝉が3つほど固まっている。
その他、隣家との境界の枝垂桜もセミの溜まり場となっていて、通りかかると、
うちの壁やら私やらにぶつかりながら、あわてふためいて飛び立っていく。

 セミ時雨とはいうが、セミ豪雨と言いたいほどうるさい。
「たった一週間の生命を・・」と言う人はいるが、やつらはその前に地中で7年過して
いるのである。案外地面の中の方がセミにとっては過しやすいのかもしれないのに、
地上の方がいいと決めつけるのは人間の傲慢であると書いたのは誰だったか。忘れた。

 地中での食っちゃ寝の7年間(基本的にはそういうことだろう?)に比べれば、
次世代を遺さねばならない一週間は、さぞせわしなかろう。つまりセミどもは
入れ替わり立ち代わり、あちこちの樹で忙しく「女ー!女ー!女ー!」とか、
「男ー!男ー!男ー!」と鳴いているわけで。そう思えば、やっぱり、うるさい。

 虫も、適材適所に存在するはずである。
てなわけで、この庭でもそれなりの理由があって、こういう虫達の分布図を作る
結果となっているわけだが、私という要素が介入したことで、とりあえずダンゴムシ
とアリが減って、蚊とバッタは少しだけすばしこくなるのだろう。

 私はこの庭で、とりあえず自然破壊を行っていることになる。